9月1日。二学期初日の朝、始業式にて。
「では、次に生徒会長からのお話です。斎藤くん、お願いします」
 爽やかな青空のもと、司会のアナウンスに応じて壇上の人となった姿に息をのんだ。




9月 嵐、来たる!?





 始業式を終えて教室に戻る最中、千鶴は平助を呼び止めていた。
「平助くん!!斎藤先輩って生徒会長だったの!?」
「ん?そうだけど…千鶴、知らなかった?」
「うん、終業式のときに挨拶してたのは副会長さんだし、斎藤先輩もそんなこと一言も…」
「あー、確かに、生徒会選挙のとき、千鶴はまだいなかったっけ。一くんもわざわざいうタイプじゃねぇしなー」
「そう、だよね。…なんだかびっくりしちゃった。インターハイで優勝してたり生徒会長だったり…すごいなぁ」
「ま、一くんホント真面目だからなー。今度の文化祭、3年なのに一くんのクラスはきっちり出し物するらしいし」
「そうなの?何されるんだろう…」
「んー、よくは知らねぇけど、劇をするって聞いたような」
「そうなんだ…。何の劇なんだろうね」
「わっかんね。それよりさ、文化祭当日、一緒に見て回らねぇ?」
「ちょっと藤堂くん?千鶴ちゃんは私と一緒に回る約束してるの!――ね?千鶴ちゃん」
「お千ちゃん、おはよう!…平助くん、お千ちゃんも一緒でもいいかな?」
「オッケー!じゃあみんなで回ろうな!」
「うん!お千ちゃんも、いい?」
「もー!千鶴ちゃんがいうなら仕方ないか」
「ありがとう、お千ちゃん!!」


 始業式から文化祭までは日がない。短縮授業になり、午後は準備に費やされた。
 嵐のような準備期間を経て、文化祭初日。
 千鶴たちのクラスは『執事とメイド。』という名の喫茶店を催しとして出していた。学級代表の提案で強引に担任の土方を巻き込み、執事とメイドの姿で客の接待をする。
 午前中の当番に当たっていた千鶴は朝から千姫の手によって薄化粧を施され、教室に姿を見せた。
「うわっ!千鶴きれいだなー!!本物のメイドみてぇ」
「本当!雪村さんかわいー!」
「っ、みんな、恥ずかしいよ…」
 開店前の教室で他のクラスメイトからも称賛を浴びて千鶴は俯いてしまう。しかし、すぐに開店時刻になり、客が入ってきた。
「「「おかえりなさいませ、ご主人さま」」」
 複数の男女が連れ立ったグループが入店し、接客係はそろって恭しく腰を折った。
 ベルの呼び出しに応じて注文を取りに行き、注文の品を運び終わったところで背後から馴染んだ声が聞こえた。
「あ、千鶴ちゃんだ」
「沖田先輩に斎藤先輩!?…って、違った!えっと、おかえりなさいませ、ご主人さま」
 いつもの調子で駆け寄ろうとしたところで、店の趣旨を思い出し、慌てて言葉を繕う。丁寧にお辞儀してからテーブルに案内した。
「千鶴ちゃんのクラス、本当に店の名前の通りなんだね。執事とメイド。って…すっごい安直だけど」
「…そうですね……」
「ちなみに僕、面白い噂を聞いたんだけど。君のクラスの担任も執事の格好してるとか。本当なの?」
 周囲をぐるりと見回す沖田に、千鶴は苦笑して返す。
「土方先生ならもう少ししたらいらっしゃる予定です」
「執事姿で?」
「はい。学級代表の人に押し切られてしぶしぶ同意されたんです…」
 この場にいない土方に心底申し訳なさそうな顔をする千鶴とは対照的に、沖田はそれはイイ笑みを浮かべて「楽しみだなぁ」と呟いた。
「こちらがメニューになっています。ご注文がお決まりになりましたら、こちらのベルを鳴らしてお呼びくださいね」
 それまでじっと沖田と話す千鶴を見つめていた斎藤に向かって告げると他の客のもとへ行ってしまった。

「一くん、いつまで見つめてるのさ?」
 千鶴の方を見たまま動かない斎藤に沖田が声をかけるが、返事がない。腕を伸ばし、その目の前で掌をひらひらと振ったところでようやく反応があった。
「…なんだ、総司」
「なんだ、じゃないでしょ。そんなに凝視するほど千鶴ちゃんのメイド服姿に見惚れてたのかな?」
「見惚れ…!?ち、違う。俺は、ただ、雪村の雰囲気がいつもと違ったゆえ」
「はいはい。いつもと違う雰囲気に見惚れてたんだね」
「だから違うと言っているだろう!」
「あ、一くん、もう注文決めた?ベル鳴らしちゃうよ?」
 反論しようと開いた口を閉ざし、メニューに視線を落とす斎藤に沖田は笑った。
(見惚れたなら一言褒めてあげればいいのに…。やっぱり一くんだなぁ)
 やっと注文を決めた斎藤を確認してベルを鳴らす。注文を取りに来たのは――。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 低く通るテノール。すっと伸びた背に執事の出で立ちが絵になっている。
「あー、誰かと思ったら、土方先生じゃないですか。はは、絵になってますよ?執事姿」
 にこやかに告げる沖田に、たちまち土方の眉間に深い皺が刻まれた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 同じ台詞を繰り返す土方に、斎藤が「流石は土方先生。とてもお似合いです」と称賛の眼差しで告げた。
「お、おう。そうか。ありがとよ」
「ちょっと執事さん、言葉遣いがなってないんじゃないですか?」
 沖田の入れる茶々を無視して斎藤に向き直る土方に、斎藤はきびきびと注文をすると、「お願いします」と頭を下げた。
「一くん、客が頭下げてどうするのさ」
「おら、総司もとっとと注文しやがれ」
「ったく、執事の教育なってないなぁ!…ミルクティーと和栗のモンブラン」
「かしこまりました」
 去っていく土方を横目に、「一くん、なんで土方先生のことは褒めて千鶴ちゃんは褒めてあげないかなぁ」と溜め息交じりに呟くと、耳聡く声を拾った斎藤がぐっと言葉に詰まる。しばらくの沈黙ののちに返された答えは苦し紛れだ。
「な、なにゆえ総司にそのようなことを言われねばならんのだ」
「別に僕は何も言ってないけど?」
「っ、」
 それっきり、会話は途切れた。
 それからは黙々と運ばれてきたケーキを食し、会計に立つ。
 丁度近くにいた千鶴が会計に応じ、二人が支払いを終えたところで、視線を泳がせていた斎藤がぱっと千鶴の顔を見た。
「…斎藤先輩?」
「ゆ、雪村。その、…………その服、似合っている…!」
 まっすぐに目をあわせて告げられた言葉に千鶴は顔を赤くしながら「あ、ありがとうございます」と返した。
「……え、っと、あの…先輩たちは明日、劇をされるんですよね?」
「うん、一くんが王子さま役だよ」
「え!そうなんですか!?」
「総司!余計なことを…!」
「沖田先輩はどんな役をされるんですか?」
「んー?僕は面倒くさいからね、大道具作ったから劇には出ないよ」
「そうなんですか…。じゃあ、斎藤先輩の王子さま役、楽しみにしてます!平助くんたちと一緒に見に行くので」
 本当に楽しそうに言う千鶴に、斎藤は拒絶の言葉を失った。頑張ってくださいね、と応援され、曖昧に頷く。教室を後にする背中には「いってらっしゃいませ!」と明るい声がかかった。


 翌日。千鶴と千姫、そして平助は3年3組の教室に並ぶ椅子に腰かけていた。劇の表題は『眠れる森の美女』。劇はクライマックスを迎えようとしていた。
 絡み合う茨の描かれた板が左右に開かれていき、奥には壮大な城が現れる。リラの精に導かれ、王子に扮した斎藤が歩を進める。やがて背景が壮麗な室内に変わり、ベッドの上には眠り続ける姫の姿。
「彼女がオーロラ姫か」
「はい、邪悪な妖精・カラボスの呪いで100年の間眠り続けてらっしゃいます…。どうか、王子の手で眠りから覚まして差し上げてください」
 傍らに立つリラの精に頷くと、デジレ王子はそっと眠るオーロラ姫の頬に手を添えた。
 そしてゆるゆると縮まっていく二人の距離。盛り上げるように、チャイコフスキーの音楽が高く鳴り響く。
 そして――。

 二人の姿が重なり、デジレ王子が身を引くと固く閉ざされていたオーロラ姫の瞼が上がり、ふたりはしばし見つめ合った。
「わたくしは隣国の王子、デジレと申します。うつくしき姫よ、わたくしと結婚してはくださいませんか」
 恭しく伸ばされた手に、細く白い手が重ねられた。
「よろこんで」
 深い眠りの中にあった城が目覚め、人々がふたりを祝福する。ワルツに合わせて踊るふたり。
 そうして100年の眠りから覚めた姫は、王子に跪かれて誓いを受け取った。


 しあわせのうちに劇は幕を閉じる。深く礼をし、舞台裏に去っていく役者たちには惜しみない拍手が送られた。

 観客が引いた後も、千鶴たちは最後まで教室に残っていた。
「千鶴!一くんかっこよかったなー!!」
「う、うん。そうだね」
「千鶴ちゃん、見に来てくれたんだね」
 掛けられた声に振り向けば、にこにこと笑う沖田がいた。
「あ、お疲れ様です、沖田先輩」
「僕は今日は何もしてないけどねー」
「総司、一くんは?」
「一くんは次の上演の準備があるんだって」
 気まずくって千鶴ちゃんに会えないんだろうけど、という呟きは誰の耳にも届かない。
「千鶴ちゃん、楽しみにしてたはじめ王子さまはどうだった?」
「えっと、はい、かっこよかった、です…すごく」
「ふーん…。千鶴ちゃんにそんな風に言ってもらえるなら、僕も王子役すればよかったかなー、なんて」
「沖田先輩もきっとすごく似合いますよね」
「まぁ、一くんには負けないかな?」
 自信満々に胸を逸らすと、千鶴はくすくすと笑った。
「千鶴ちゃん、この後はどうする?もっと他のところ見にいく?」
「…ごめんね、お千ちゃん、平助くん。私…今日はもう帰ってもいいかな…?」
「え!なんで!?まだまだこれからじゃん!!」
 不満そうな平助を千姫が黙らせる。
「うん、それなら千鶴ちゃんは先に帰って?藤堂くんの相手は私と沖田さんでしておくから」
「え、僕も?」
「先輩は大道具で今日は暇なんですよね?」
「…はいはい、おつきあいしますよ」
「そういうことだから、千鶴ちゃん。気にしないで!」
「ありがとう、お千ちゃん」


 帰宅した千鶴はベッドに寝転がってぼんやりと天井を見つめていた。
(お姫さま…きれいな人だったな…。先輩の彼女とか、なのかな…)
 目に焼き付いてしまったキスシーンに、なぜか痛む胸を手で抑え込むようにしてぎゅっと目を閉じた。



ス ク ー ル デ イ ズ



(2010.09.23)
そろそろベタに動かしていきたい!ちなみにキスは本当にはしてないです、観客からは見えない角度^^
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