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せかいにこんなにも人があふれているだなんて知らなかった。 あふれかえる感情をうけとめることは、たやすくて、むずかしい。 アンドロイドは夢をみない。感情を電気信号として感知し、情報処理を行う脳には大きな負担がかかる。ゆえに、脳のオーバーロードを防ぐために、眠りは急速に、まるで引きずられるかのように訪れ、意識は深く深く、どこまでも落ちてゆく。 闇に向かって引きずられるその感覚はおそろしい。 もう二度と、闇から這い上がれなくなりそうな恐怖。夢さえ届かない無に塗りつぶされる意識。 ルルーシュとスザクはユーフェミアの屋敷を後にし、ルルーシュの望みでシャーリーに会いに行って別れを告げたのち、あてのない旅に出ていた。どこまでも広がる大地はふたりを拒まない。代わりに、たくさんの出会いをもたらした。人は誰かと対面するとき、そのすべてを言葉にはしない。感情は読み取らなければならない。 それまでにもやっていたことではあったが、処理しなければならない絶対量が以前とは比べ物にならない。スザクはルルーシュよりは外の世界を知っていたし、慣れてもいたのでそれほどまでに疲れることはないようだったが、ルルーシュは違った。毎日毎日、日が暮れ月が空に浮かぶころには蟻地獄に滑り落ちるようにして意識が途絶える。それがおそろしかった。 だから、意識が引きずられていく最中、すがるようにしてスザクに手を伸ばしてしまう。すると、スザクはけしてその手を振り払ったりせずに握り返してくれた。そうして、意識が再び浮上するときまで、手をつないだままぬくもりを分けあう。 彼のぬくもりが、ルルーシュを光射す世界へ引き戻してくれる。朝は必ずやってくるのだ。スザクと一緒に。 それは偶然だったのだろうか。あるいは必然だったのかもしれない。 飾り気のない白衣。どこか冷たい空気をまとった澱んだ瞳の男。その底のみえない思念に引きずられた。気づいたときには、薄暗い路地を足早に歩く男のあとを気配を絶って追っていた。 辿り着いた先は何の変哲もない倉庫。注意深く周りを見まわしたあと、素早い身のこなしで扉の向こうへ消える男。 「ルルーシュ、これ以上は危険だよ」 「でも…」 スザクが吐息のように抑えた声で言ったが、ルルーシュはどうしてもその場を去ることができなかった。 どうして。自分でもわからない妙な切迫感が身を焦がす。 「……何か気になることがあるんだね」 「…ああ」 「じゃあ、僕が正面突破で相手の注意をひくから、ルルーシュはこっそり忍び込んで。気がすんだら戻ってくるんだよ」 「わかった。すまない、スザク」 「ルルーシュの願いは僕の願いだからね。くれぐれも気をつけて」 「スザクも無理はするなよ」 「大丈夫、まかせて」 額に触れるだけのキスを落として、音もなく離れていく背中。 容赦ない音を立てて開かれる扉。 「っ!?誰だ!!」 鋭い誰何が飛んだ。しかし、スザクはそれに答えることなく地面を蹴る。風のように距離を縮めるスザクに、相手は目で追うこともままならない。間抜けな声をあげて地面に倒れる。コンクリートの壁にこだまするのは足音。悲鳴。体が地面に叩きつけられる鈍い音。 どさくさに紛れてルルーシュは奥へと向かった。 広い倉庫の中には薬液の匂いが満ち、いたるところに絡み合うようにして配線類が這っている。 きょろきょろと周りを見まわしながら歩いていると、ルルーシュの視界にまだ幼さを残した少年と少女、そしてその他の“人の形をしたもの”の残骸や、その部品となるものが目に入った。 「これ…は…!」 生々しい“命”の製造段階。目を見開いたまま、無意識に口元を手で覆う。 本来、アンドロイドはその高い能力と、かりそめとはいえ高い生命性を持つゆえに、政府の認可したごく一部の施設――たとえば、ルルーシュにその命を与えたロイドの研究所のようなところである――以外では一切の製造が認められていない。さらに、国内には政府内にさえいまだ根強くアンドロイドの否定・排斥を主張する派閥が存在する。つまり、アンドロイドとは非常に稀少かつ、不安定な地盤の上に存在するものなのである。 「――不法製造、か…!」 ルルーシュは唇をかんだ。目に入るのはアンドロイドとしての肉体でさえ満足に得られずに廃棄された命の残骸。そして。 まだ幼さを残した少年と少女のアンドロイド。まだ“命”は得ていない、抜け殻の容器。 年のころはルルーシュよりも2、3ほど下か。アッシュブロンドのやわらかい髪をもったふたりはどこか似ている。頼りなく、まだ小さな身体。それは、スザクと外の世界に出てから見てきた人間の家族の“弟”や“妹”というものに近いように感じた。弟や妹は兄が守らなければならない。 ルルーシュはふたりの入れられているガラス容器に近づいた。ガラス越しに触れる。 (コワイヨ) (コワイ) 感じないはずの彼らの恐怖が脳を震わせた気がした。 不法に作られた命の行く末は見えている。人体実験。あるいは望まぬ戦闘行為。人の欲求不満の解消扶助の強制。そしてその末にあるのはかりそめの命の「消去」だけ。 (そんなことは、させない!!) 思い立つと、力任せにガラスケースを開き、ふたりの身体を取り出す。ルルーシュにはふたりを同時に抱えるだけの力はないので、少年をいったん地面に寝かせて少女を抱きとる。まだ命をもたない肉体はこわれやすい。慎重に抱きかかえていると、敵をすべて片付け終えたらしいスザクが駆け寄ってきた。 「ルルーシュ!大丈夫?」 「ああ。問題ない。それより――」 「この子たち、アンドロイドだね。ここで不法にアンドロイドを作っていたんだ…」 「このままではこの子たちの未来がない。だから、俺たちでロイド――ああ、ロイドっていうのは俺が生まれた施設の博士なんだが、彼のところに連れて行って」 「ふたりにちゃんとした命と未来をあげるんだね。わかった」 スザクはルルーシュがすべてをいうまでもなく意図を察して笑顔で応じた。 「ありがとう、スザク」 ケサレルノハダレナノデスカ 「俺には兄弟がいない。でも…もし兄弟がいたとしたら、こんな風なのかと思って。……いや、すまない。勝手なことを言って」 「そんなことないです!僕もあなたと兄弟になれたらって…」 「私も同じです。だから…いいですよね、ルルーシュ…お兄さま」 「うん、僕たちは今日から兄弟で!ね、兄さん」 「……もちろんだ。ありがとう、ナナリー、ロロ」 「アンドロイドが兄弟ねぇ~おもしろいなあ。ねぇ、スザクくん」 「ロイドさん…は、僕をつくった…ラクシャータっていうひとを知ってますか」 「げげ、ラクシャータ?……一応知ってはいるけどぉ?」 (09.03.11) |