エ ス ポ ワ ー ル










「驚いた。君たちの知能指数と感情レベルは初期状態からとても高いんだね」
 スザクの言に、ロロとナナリーは首をかしげた。
「スザクさんやお兄さまは違ったんですか?」
「僕は初期状態は真っ白だったよ。自分がアンドロイドだっていうことと、最低限のことばや知識はあったけど、感情なんかについては一緒にいてくれたひとを見てだんだん学んでいったんだ。ルルーシュもそうだよね?」
「ああ。響いてくる情報の意味する感情も、言動から読み取れる感情も何も知らなかった。でも、ロロもナナリーも最初から喜怒哀楽の感情を知ってるんだな」
「たぶん、すべてを知っているわけじゃない…と思う」
「ロロ。俺やスザクだって“完璧”じゃないんだ。お前がすべてを知っている必要はないんだ」
「兄さん…」
「私はお兄さまに出会えてうれしいです!」
「ぼ、僕だって!兄さんとこうして話せてしあわせだよ」
「ナナリー、ロロ…!」
 まだ小さな身体で精一杯によろこびを伝えてくるふたりに、ルルーシュは胸の奥が熱くなるのを感じた。しっかりと自分の足で地面を踏みしめる二人を抱きよせてそっと目を伏せた。身じろぎせず腕の中に納まっているふたつの命は、少し前に愛してるわ、と告げて手をとってくれたひとに似て、ひだまりのようだった。






「…で、問題はこれからどうするか、だな」
「そうだね。僕とルルーシュはこれからも旅を続けるけど、ロロやナナリーを連れて回れるほど世間は安定してないし……」
「どこか、ふたりの安全を確保できる場所があればいいんだが」
「兄さん、僕たちなら大丈夫だから一緒に連れて行って!」
「私たちも色々なものを見てみたいです!」
「そうはいっても、俺はいざというときにふたりを守ってやれる自信がないんだ」
「自分のことくらい自分で守るよ!!」
「そうです!それに、せっかく出会えたのにお兄さまと離れ離れなんて…そんなの、かなしいです!」
 腰にすがりつき、上目遣いで見上げてくるロロとナナリーに、ルルーシュは言葉に詰まった。愛らしい二人の弟妹。まもるべき存在。振り払うことはできない。


「……」
 よく似た背丈の少年少女にすがられているルルーシュを視界におさめ、スザクは黙していた。
(おもしろくないなぁ…)
 困惑した様子のルルーシュは、どうしたものかと思案しながらふたりの頭を撫でている。気持ち良さそうに目許を細めるロロ。嬉しそうに、よりルルーシュの身体に身をすりよせるナナリー。
 このままでは、ほだされたルルーシュがふたりを連れて旅をすると言いだしかねない。しかし、それは困る。ルルーシュを独占できなくなるというスザク自身の個人的な問題だけでなく、実際問題として最近の世情は不穏な様相を醸しているのだ。


『ロイドさん…は、僕をつくった…ラクシャータっていうひとを知ってますか』
『げげ、ラクシャータ?……一応知ってはいるけどぉ?』
『その人って今どこに…?』
『う〜ん…、それがさぁ、彼女、ずっと所属していた政府認可の施設から突如消えたらしいんだよねぇ…数年前に』
『え…それって…』
『やっぱり政府の規制下だと色々と制限もあるからねぇ〜。最近はちょっと不穏な動きがあるみたいだから、君たちも気をつけたほうがいいかも』
 食えない笑みを浮かべてスザクの肩を叩いたロイドのことばが気にかかっていた。用心はするに越したことはない。


「ルルーシュ」
 ずんずんとルルーシュの前まで足を進める。必然的に、彼の前にひっついていたふたりが邪魔になった。
「思ったんだけど、とりあえずこのふたりも連れて行けばいいんじゃないかな」
「え!本当ですか!?」
 ナナリーがルルーシュから離れて今度はスザクに飛びついてくる。
「うん。ユフィ――前に僕らが一緒に住んでいた人がいてね、その人のところなら安全だと思うんだ。だから、そこまで4人で一緒に行けばいいんじゃないかな」
「……やっぱりずっと一緒はだめですか…」
「でも、ユフィのところにいればまた会えるよ。ユフィは家族で、あそこはルルーシュの故郷みたいなものだから。…ね、ルルーシュ?」
「ああ。それが一番いいだろうな。ユフィなら安心してロロとナナリーを任せられる」
「ロロもそれでいいか?」
 ルルーシュの袖をつかんだままのロロに問うと、渋々といったように頷く。
「俺の弟なら、俺の家族のユフィとも家族になるだろう?」
「かぞ…く、」
「そうだ。家族が待ってくれている家があるのはしあわせなことなんだよ」
「うん、わかった。ユフィ…さんのところに行くよ」
「ありがとう。そしたら、今日のところはもう遅いからゆっくり休もう。ナナリーも、ロロと一緒にあっちの寝室へ」
「おやすみなさい、兄さん」
「おやすみなさい、お兄さま」
「ああ、おやすみ」
 それぞれの頬に軽くくちづけ、その背中を見送る。手をつないで寝室に向かうふたりの姿は微笑ましかった。


「そしたら、俺たちも休もうか」
「そうだね。……その前に、ね、ルルーシュ」
「なんだ?スザク」
「ん」
 ルルーシュのほうに向いて目を閉じる。
「ロロとナナリーだけなんて、ずるいよ」
「お…っ、まえ…な!ふたりはまだ小さいから、だな」
「ルルーシュ、はやく」
 ルルーシュの言い分など意に介さずキスをねだってくるスザクに頬が火照った。いつだって、ルルーシュはスザクから求められて応じるばかりだった。自分からくちづけたことはない。
 ためらい、じりっと身体を後ろに引こうとすると手をひかれた。
「……そんなに嫌?」
「っ、い、やなわけじゃ…」
「なら、おねがい、ルルーシュ」
 やわらかい翠が懇願に揺れる。ルルーシュは意を決してスザクに顔を寄せた。ゆっくりと翠が閉ざされる。触れるだけのキスは気恥ずかしく、それでいてとてもやさしいものをもたらしてくれた。
「ありがとう。おやすみ、ルルーシュ」
「…おやすみ、スザク」
 握った手を離さず、そのまま寝床に身を横たえる。急速に引きずられる意識の向こうでスザクの声が柔らかく響いていた。




虹の上を歩きたいと笑う





 翌朝は雨だった。小雨の中、傘を差して外を歩く。
「…ああ、もうすぐやみそうだね」
 スザクの言に、空を見上げると雲間から太陽の光が射し始めた。薄暗くモノクロに塗りこめられていた世界に鮮やかな色が戻っていく。
「虹…だ」
「え、どれですか!?」
「ほら、あそこ」
 淡い色の光が弧を描いて空にかかっている。
(シャーリーがいっていた通りだ)
「きれい…あの橋を渡った先はどこに続いてるんでしょうか」
「どこだろうな…」
 雨上がりの空に束の間かかる橋。虹のふもとには宝物が眠っているともいう。あの光の向こう、進む未来にしあわせがあるならば、どこまでもしあわせを追ってゆこう。みんなで。




(09.03.21)