エ ス ポ ワ ー ル










 ユーフェミアの遣いで泊まりがけで外出していたスザクは三日ぶりに屋敷に戻ってきた。普段ルルーシュとユーフェミアがシャーリーと共によくお茶会を開いて団欒しているダイニングルームへ向かう。馴れた手つきで扉を開いたが、そこには誰の姿もない。自室だろうか、と予測をたてて二階へ足を向ける。すると、階段の上からユーフェミアが下りてくるのにであった。
「ユフィ、ただいま戻りました」
「あ、ああ、スザク。お帰りなさい。疲れたでしょう?ゆっくりしてくださいな」
「いえ、僕は大丈夫です。ところで、ルルーシュはどうしてますか?」
「……ルルーシュは、少し具合が悪いようなので…部屋で過ごしてもらってます」
「え、具合悪いって…それなら僕もお見舞いに」
「いいえ、その必要はありません。……絶対安静、ですから」
「絶対安静!?」
 アンドロイドは普通の人間がかかるような病気にはならない。具合が悪くなるとしたら、かりそめの命がその肉体から尽きようとするとき。音を立てて血の気が引いていく気がした。
 三段飛ばしで階段を駆け上がり、無我夢中でルルーシュの部屋の前まで走る。ユーフェミアの制止の声など聞こえなかった。






「っ!これは……」
 外側から鍵をかけられた扉を前に息を呑んだ。外から鍵をかけるなんて、普通でない。
「ユフィ……これはどういうことですか」
 スザクの後を追ってきたユーフェミアに問う声は、自然、地を這う低さになる。
「…それ、は……」
「こういうのって、軟禁、じゃないですか」
「…だって、こうしないとルルーシュは私をおいてどこかへ行ってしまうんだもの!!そんなの、ダメよ。絶対にダメ!!シャーリーやスザクがなんていっても、ルルーシュは私のものなの!私が、私だけの存在になってっていったんだもの!!」
 ユーフェミアが興奮しだしたのを前に、スザクはかえって冷静になる。ここで彼女をさらに刺激しても埒が明かない。それに、スザクは“家族”だといって彼女が自分を迎えてくれた日のことを覚えている。ユーフェミアとルルーシュは、いきなりC.C.という“家族”を失ったスザクにあたたかい手を差し伸べてくれたのだ。
 そう。そんなユーフェミアだから。
(彼女は、とてもやさしいひと、なんだ)
 だから、今はきっと見失ってしまっているだけなのだ。彼女自身の、こころを。


「ユフィ…は、本当は、分かってるんじゃないですか?あなただけの存在なんて、たとえそれがアンドロイドであろうと“人間”であろうと無理だって。命あるものはみんな周りと関わりあって生きていくんです」
 ユーフェミアがはっと息をのむのが聞こえる。これは彼女自身のこころにあったはずのことば。
「……ユフィは、どうしてルルーシュに命を与えたんですか?本当は彼に何を求めていたんですか。言いなりになるおもちゃ?」
「そんな!おもちゃだなんて」
「じゃあ、恋人ですか?でも、ユフィのルルーシュに対する感情は恋じゃない。…あくまでも僕の判断ですが」
 否定するわけでも肯定するわけでもない。ユーフェミアは何も言わない。
「……露骨な言いかたをすると、ユフィはルルーシュと親愛以上のキスしたりそれ以上の行為をしたりしたいと思ってるのかな」
「……私は、ただ、ルルーシュが一緒にいてくれればそれで良いんです」


「…………僕にも、ずっと一緒にいてほしいと思っていた人がいました」
 ゆっくりと、吟味するように口を開く。すると、ユーフェミアの意識が無言のままに向けられていることを感じ取ってスザクは言葉をつないだ。
「とても大切で、だいすきで、でも、決して性的な触れ合いを求めたりはしませんでした。ただ、そばにいてほしかった。……でも、彼女は僕の手を放してしまったんです。僕は彼女の代わりに自由と広い世界を手に入れました」
「それって……C.C.?」
 頷く。
 そう、僕にとって大切だった彼女は――。
「僕は、C.C.のことが姉とか母とか、“家族”としてすきで、ずっと一緒にいられればそれで良いって思ってたんです」
「かぞ、く…」
「そう。ユフィは?あなたは、ルルーシュに“家族”を求めていたんじゃないですか」
 力の抜けたユーフェミアの手から、小さな銀色の鍵が床に落ちた。ルルーシュとスザクを隔てる扉の鍵。ユーフェミアはそのことに気づいているのかいないのか、焦点を失った瞳でスザクよりもさらに遠いどこかを見つめている。おそらくは、彼女自身の心の奥底を。
 自分の指摘に確かな手ごたえを感じたスザクは、静かな動作で落ちた鍵を拾った。そしてゆっくりとルルーシュの部屋を閉ざす錠を解く。ユーフェミアに反応はない。
 一方、部屋の中のルルーシュは、待っていたのだろう。錠がとかれたのを察するとすぐさま扉を開いて出てきた。
「ユフィ…!!」
「………ル、ルーシュ」
 ルルーシュの声一つでたやすく思考を引き戻されたユーフェミアは、いつの間にか部屋から出てきているルルーシュに息をのむ。しかし、彼女よりも先にルルーシュが言葉を継いだ。
「俺は…ユフィのこと………許されるなら“家族”みたいに、思いたい、です。……ユフィは、俺の大切なひと、だから」
「ルルーシュ…」
「だめ、ですか…?」
 首をかしげて、笑っているような、泣いてしまいそうな、そんな複雑な表情で問うルルーシュに、先に涙をこぼしたのはユーフェミアだった。すがるように、赦しを乞うてその細い手をとる。
「っ、ごめんなさい!私、私も、あなたと“家族”になりたかったの!自分でもわからなくてこんなことまでして……ごめんなさい…っ!!私はルルーシュ…いえ、ルルのこと、家族として“愛”してるわ」


 ――幼すぎた「すき」とのさよなら。


「俺は…外の世界を見てみたいです………スザク、と一緒に」
「……そうね」
 少しだけかなしみを秘めた寂しげな呟き。逸らされた瞳が複雑に揺れた。
「ルルはとっても優秀だものね!世界を知って立派になれるだけの才能があるもの。…いって、らっしゃい」
 とられた手が、とてもゆっくりと離れていく。
『はじめまして、ようこそルルーシュ。私はユーフェミア。ユフィと呼んでくださいね』
 初めて手を差し伸べられた日が脳裏をかすめた。なにもわからない中でただすきだと、惜しみなく感情を与えてくれたひと。
「ユフィ、」
「ルル、これだけは覚えておいて。私たちは家族で、ここはあなたの家。いつでも、帰りたくなったときに帰ってきていいの。――スザクも一緒に」
 離れた手をもう一度、今度はルルーシュからとった。あの日から変わることのないあたたかさ。
「いってきます、ユフィ」
「いってらっしゃい。ふたりとも、気をつけて」




始まりの言葉は好きで終わりの言葉は愛してる





「緑の中では本当に空気がおいしいんだな」
 シャーリーがかつて語った世界が、今、目の前に果てなく広がっている。まだ見ぬ世界への期待と、少しばかりの不安。ルルーシュは隣に立つスザクの手を握った。
 スザクがいれば、怖いことなど。
「ルルーシュ、」
 手を律義に握り返してきたスザクが引くままに、ふたりは向かい合う。近づく距離。見開かれたままの紫。
「ルルーシュ、こういうときはね」
 ――目を、閉じるんだよ。
 何も知らないルルーシュに、スザクはやさしく囁いた。意図を解したルルーシュは淡く頬を染め、しかし拒むことなくその気高い色を閉ざした。
 青空にまぶしい太陽が、ひとつになった影をおだやかに照らし出していた。







(09.03.01)