エ ス ポ ワ ー ル










 多分、最初から惹かれていた。まっすぐにのびた背中や、知性のきらめきを放つ紫や、はかなげにも見える微笑。外の世界を知らないあなたに色々なことを話すのは楽しかったし、一緒にお茶を飲んでゆっくり過ごす時間はとても穏やかだった。「ルル」と愛称で呼ぶ声に戸惑った瞳も、慣れると少しはにかんだように柔らかくほころぶ表情も。そのすべてがとても大切だった。








「近くにすごくきれいなお花畑があるの。ちょうど今が花盛りなんだよ。今から一緒に見にいかない?」
「いきたい、が………だめだ。ユフィは俺が勝手に外に出るのを許さない…から」
 一瞬華やいだ表情が間をおくことなく陰る。それがとても寂しくて、かなしい。
「……やっぱり、ユフィはルルにまったく自由を許してないんだ…。そんなのってあんまりじゃない!今ならユフィは出かけていないし、ちょっとくらい…」
「…ダメだ。バレたらユフィがかなしむ」
「でも今のこの状態じゃルルがかなしいよ。…スザクくんは自由に出かけてるんでしょう?ルルだけひとりぼっちでずっとずっとこの屋敷の中にいるなんてかなしすぎるよ!世界はあんなに広いのに!!」
「…それでも……俺はユフィを裏切ることは…でき、ない」


 鳥籠の中はとても安全だ。外敵は檻が阻んでくれるし、時間になればおいしい食事が与えられる。――自由の代償に。
 ルルーシュは、たとえ扉が開いたのを知っていても、主人が開けたわけではないことを知っている限り、出ていこうとはしないのだ。空を失った鳥はもはや鳥ではない。そして、自由のない命など。
 シャーリーは唇を噛んで視線を落とした。目に入るルルーシュの足元。力なく身体に寄り添っているその手をとって、無理に引っ張っていけばあるいは外に連れ出すくらいはできるかもしれない。でも、その代わりにルルーシュからの信頼と親愛をうしなってしまうことは想像に難くなかった。もう二度と、シャーリーのすきなやわらかい表情を見せてはくれないだろう。なんてことのない話でも、静かに相槌をうちながら、ときには質問を交えて聞いてくれることもなくなってしまう。それに、なによりも、ルルーシュ自身が自分で外に出ていかないことには意味がないのだ。無理に連れ出した鳥は、すぐに籠の中に舞い戻るだけ。


「そしたら…今度、ユフィと3人で一緒に見にいこう?それなら良いでしょう?ユフィもきっと許してくれるよ!」
「ああ。それなら、行きたい」
「じゃ、約束ね!」
「約束だ」










「ねぇ、ユフィ?」
「なんでしょう?シャーリー」
「…あのね、ルルも夜会には十分慣れたでしょう?」
「そう、ですね」
「だから、今度は外の世界に出るのを許してあげるのはどうかな」
「………それなら、今度散歩に一緒に出かけるくらい、なら…」
「そうじゃなくて、ね。ユフィ、スザクくんが外に出るのはいいんだよね?なら、ルルにも同じように「だ、だめ!それはだめ!!」


「ユフィ、紅茶がはいりまし、た」
 いつものようにキッチンワゴンにティーセットを用意して入ってきたルルーシュのもとへユーフェミアが駆け寄った。そして、そのまま手を伸ばしてルルーシュに抱きついた。
「ユ、フィ…?」
「ダメダメ!そんなの、ダメよ!ルルーシュは私だけのルルーシュなんです!勝手に外に出ていくなんてそんなのダメ!」
「でもユフィ、ルルだって生きてるんだよ?自分の好きなにところに出かける自由くらいゆるしてあげないと、そんなの、ユフィの我が侭だと思う…!」


 シャーリーの糾弾を振り払うように、ユーフェミアは激しく顔を横に振った。長い桃色の髪がふわふわと舞う。ルルーシュは視界で揺れる桃色を見つめながら、ただ静かに抱きついてくるユーフェミアの姿を見降ろした。
 自分に自由を許さないのが彼女の望みなら、無理にその手を振り払ってまで出ていこうとは思わない。それでも、その窮屈すぎる愛情と同じだけの思いを彼女に返すことはもうできない自分には気づいていた。
 ――もう、あなただけの存在ではいられない。
 だから、自分の腰にまわされた彼女の腕と同じように、彼女を抱き返すことができずにいる。だらりとおちたままの腕が求める存在はもう他にあると知ってしまったから。


「ごめん、シャーリー。今日のところは引き取ってもらえるかな」
「ルル…でも、このままじゃルルが…!」
「俺は大丈夫だから」
「………助けてあげられなくて、ごめんね…っ」
「良いんだ。ありがとう、シャーリー」
 視界がゆがんで、困ったように首をかしげてみせた姿がにじむ。
(ああ、こんなにも私は無力。だれか。誰か、ルルを助けてあげて…!!)




わたし、助けたかっただけなの





「ごめんなさいね、ルルーシュ。これからしばらくは…食事もこちらの部屋まで運ばせますから…ここから出ないでくださいな」
 鍵の音とともに閉じられた扉の向こうへ消えていく彼女の気配のかわりに、彼を求めて扉に手を伸ばした。分厚い木の扉は、重たく沈黙したまま。
「……スザ、ク」







(09.02.25)