「すき」 目覚めたルルーシュの前で微笑んだ“主”は、自分を「ユフィ」と呼ぶよう言い、続いて告げた。 「好きなの、ルルーシュ。お願い、今日から私だけの存在になってくださいな」 薄く色付いた唇がそっと頬に触れていく。人の感情を電気信号として感知するルルーシュは、その不思議な波動を脳に感じながらユーフェミアを見つめる。抗うことなど知らない彼がはい、と答えると、一際華やいだ声がありがとう、だいすき、と紡いだ。 それは、まだまだ「人」として未熟だったルルーシュが最初に覚えた感情をあらわすことば。まだその実体も知らぬままに。 窮屈すぎるほどの好意。向けられるそれを疑うことも知らず、ルルーシュは毎日をユーフェミアとともに過ごした。その中で多くのことを学び、日に日にルルーシュは「人間らしさ」を身につけていく。 「ルルーシュはとっても優秀ね。なんでもあっという間に吸収しちゃうんだもの。さすが私のルルーシュ!」 誇らしげに言って笑いかけるユーフェミアに、ルルーシュは控え目に微笑み返した。そうすると彼女がよりやさしい声でルルーシュを呼ぶのを知っているから。 「ルルーシュ、大好きよ」 「あれ、あなたユフィのお友達?」 ユーフェミアの来客に真正面から向き合ったのは初めてだった。偶然ユーフェミアが用事で自室に戻っていて一人だった客が、廊下を通りかかったルルーシュに気付いて呼び止めたのだ。 「いえ、俺はここで生活させてもらってる者です」 「え!ユフィ、そんなことちっとも教えてくれなかったのに!」 所在無く立つルルーシュに、彼女は衒いなく手を差し出す。 「私、シャーリー!あなたは?」 「え……」 「ね、あなたの名前は?」 「ルルーシュ、です」 「うん。よろしくね、ルル!」 「…ル、ル?」 「そう。“ルル”のほうが親しみがわくでしょ?」 彼女があっけらかんと笑う姿は眩しくて、ルルーシュは少し目を細めた。そんな彼の手をとったまま、シャーリーは室内の椅子へいざなう。 「ね。もう少し話そうよ!折角知り合えたんだもの」 「…はい。シャーリー…さん」 「シャーリーでいいよ、ルル。あと敬語もいらない」 「……ああ」 それから、ルルーシュはたくさんのことをシャーリーから聞いた。外の世界には学校があって、シャーリーと同じような年代の人間がたくさん通っていること。かわいい動物や、多くの命であふれかえる緑のこと。時折、雨上がりの空に束の間だけかかる虹のこと。それらはいずれもユーフェミアの口から出たことのない、新しい知識だった。ルルーシュは夢中になって話を聞き、そして記憶に刻んでいく。そうすることでユーフェミアやシャーリーたち人間により近付ける気がするから。 「シャーリー、お待たせしました!」 階段を駆け下りてきたらしいユーフェミアは、しかし扉から一歩足を踏み込んで立ち止まった。すぐそこでは、先ほどまではいなかったはずのルルーシュがシャーリーと楽しげに話している。 「あ、ユフィ、遅かったね。もー、ユフィったらルルのことまったく教えてくれないんだもん。こんなきれいな子囲っちゃって」 冗談めかして笑うシャーリー。しかし、笑い返そうとするユーフェミアは胸に刺さるとげに気付く。 「…隠していてごめんなさい。あの、シャーリー、今ルルーシュのこと……」 「ルルがどうかした?」 「……い、いえ。なんでもないです。紅茶とお茶菓子を持ってこさせますね」 「ユフィ、それなら俺がします」 「それなら、お願いしようかしら。ルルーシュの淹れる紅茶は絶品だものね」 頷くと、キッチンのほうへ消えていくルルーシュの背中を見送りながら、ユーフェミアは胸のざわめきを努めて抑えようと意識的に呼吸する。自分ですら呼んだことのないルルーシュの愛称を出会ったばかりのシャーリーが呼んでいた。自分に見せたことのないような、朗らかな表情を浮かべて楽しげに話をしていたルルーシュの横顔が脳裏から離れない。 「ね、ユフィ?」 「…なんでしょう?」 「ルルってすごく賢いんだね!なのにずっとこの屋敷の中に引きこもりっぱなしで外の世界を知らないなんてもったいないよ」 「そう…ですね」 ユーフェミアはだんだん冷えて凍えていく指先を握りしめながら、焦点の定まらない目でぼんやりとテーブルに飾られた花をみる。薄い紫の花弁をもった薔薇。ユーフェミアのすきな、あの紫には敵わない。 「…いきなり外に出すのは心配?だったら、これから月に一度、この屋敷で夜会を開くっていうのはどう?そうすれば外の世界とも関わりができて、ルルも慣れていけるんじゃないかな。――――ね、ルルはどう思う?嫌かな?」 シャーリーの声でユーフェミアが振り返ると、キッチンワゴンにティーセットとお茶菓子を載せたルルーシュの姿があった。 「俺はユフィさえ良いなら、見てみたい、です」 自分を伺うように言うルルーシュの姿に、ユーフェミアは胸を衝かれた。彼の希望を無下にはねつけるわけにもいかない。ともすればこわばりそうな顔の口元を意識的に吊り上げ、にっこりと笑ってみせる。 「私がルルーシュのお願いを拒むはずがないでしょう?もちろん良いわ」 「ありがとうございます、ユフィ」 咲き初むる花のようにほころぶルルーシュの顔を見て、ユーフェミアは拳を握りしめた。 彼女のせいじゃない、わかってても憎んでしまう 私だけの存在が欲しかった。私だけのルルーシュを手に入れた。 なのに、私だけのルルーシュは、早くもこの籠の中から空を恋う。 わかっていた。「私だけの存在」なんて、ただの傲慢。空へいざなう彼女は悪くない。 でも――こころに澱むこの暗闇を、追い出すことも飼い馴らすことも、まだできはしない。 (09.02.09) |