エ ス ポ ワ ー ル










「舞踏会に呼ばれたんだ。おまえも一緒に来い」
「舞踏会…?」
「そうだ。おまえも外の世界を知らなければな」
「外の…せかい」
「ああ。世界は広い。私だけがおまえの世界ではないんだ。そろそろ、おまえ自身で自分の世界を見つけていかなければな」








 きらびやかな光。優雅に流れるオーケストラの生演奏。翻る色とりどりのドレス。食べきれないほどの料理の数々。
 初めての外の世界は、こんなにもまばゆいものなのかとスザクは瞠目した。C.C.に言われてまとった正装だったが、どうにも浮いているような気がしてならない。会場に着くなり、彼女は「これもたしなみだからな」と言ってスザクの手を取り、ホールへいざなった。リードされるがままにワルツを踊り、音楽が1つ終わるころにはステップを完全に身につけた。
「もう大丈夫だな。ダンスに誘われたら応じろよ?」
 いうなり、C.C.はドレスの裾を翻して人ごみの向こうへと消えてしまった。スザクは所在なくホールの壁際に立って極彩色の色の波を眺めていた。
 と、そのとき周りがどよりとざわめき、ホールの中央にぽっかりと空間ができた。人々が脇へ寄って場所を開けたのだ。そこには、白と薄桃色の清楚でいて華やかなドレスをまとい、ゆるやかに波打つ桃色の髪の女性と、細身の燕尾服を優雅に着こなし、女性の手を取ってダンスをする男の姿があった。音楽に合わせ、流れるような足取りでホールを舞うふたりの姿は、このきらびやかな世界に似つかわしく、まばゆかった。


「みなさん、本日はブリタニア家の夜会へ足をお運びくださりありがとうございます。どうぞ素敵な夜をお過ごしください」
 舞い終わった桃色の女性がマイクを持って挨拶をした。どうやら、この屋敷の主であるらしいとようやくスザクは気付く。その背後に燕尾服の彼は影のようにつき従っていた。ふと目に入ったその瞳が、あまりにうつくしい紫苑の色だったので、目を離せなくなる。影のようでありながら、光よりも輝いているその存在。そのまま食い入るように見つめていると、かの瞳と目があった。内心で動揺するも、接着してしまったかのように視線を外せない。すると、問題の彼と、彼の視線の先の僕に気づいたらしい主である女性が近づいてくる。
「……あなた、もしかしてスザクさんですか?」
 可憐な女性の唇から出た音に驚く。どうして自分の名を。驚くスザクの疑念を察したらしい彼女――ユーフェミアはにこりと微笑んでいった。
「C.C.から事情は聞いています。今日からこの屋敷で一緒に暮らす“家族”ですもの。どうぞ仲良くしてくだ「ちょっと待って下さい!今日、僕はC.C.の付き添いで来ただけで…そんなこと聞いてないです!」
「ああ、ちょっと待って下さいね。そういえばC.C.から手紙を預かっていました。――ルルーシュ、」
 ユーフェミアが燕尾服の男を振り返ると、彼は白い封筒を差し出した。
「こちらを」
 差し出された手紙を受け取り、いそいそと中をあらためる。そこには、確かに彼女の筆跡があった。


  スザク。私は失うことが嫌いなんだ。失うよりは、自ら手放すことを選ぶ。
  おまえは自分の見つけた世界で生きろ。おまえと過ごした日々はそれなりに楽しかったよ。
  ありがとう。しあわせになれ。


 鈍器で頭を殴られたような衝撃があった。スザクは人ではない。母はいない。けれども、この世界で呼吸をし始めてからずっと彼女がそばにいてくれた。突き放しながらもやさしい彼女に、“母”の影を見ていた。それなのに、その彼女さえ失ってしまった。
 自失の状態にあるスザクの手にそっと触れてくるものがあった。
「…大丈夫ですか」
 ゆるゆると顔をあげると、淡い光を放つ紫苑色。
「スザク、これからは私たちがあなたの新しい家族です。私はユーフェミア。ユフィと呼んでください。そしてこちらが」
「ルルーシュです。よろしく」
 伸ばされた手を握り返す。あたたかかった。




失うと手離す





 彼女との未来は失ったけれど、思い出は手放さない。そして新しく握ったこの手も。






(09.02.05)