夜、眠りに落ちた彼の手を離しても良いはずなのに、何故だか離すことができないまま闇色の蜜の先で眠る彼を見つめる。 紅の瞳を閉ざした彼は、スザクのよく知るひとと何も変わらない。だから、どこかでまだ彼のことをルルーシュだと信じているのだろうか。それとも、怯えを隠さない彼への同情? 答えは見つからないまま、やがて意識は過去を再生し始める。記憶は止めどなく、終わりは見えない。 起きているとも眠っているともいえない、半覚醒の状態で記憶の映写機はからからまわる。眠りに落ちずに過ぎていく日々のなか、やがて再生される映像に紅い瞳が混ざりはじめた。 その瞳は、いつもスザクを怯えたように見ている。目が合いそうになると逃げてしまう。そんなに怖いなら離れていればいいものを、付かず離れずの距離で常にスザクのそばにいる。 (やっぱり、“ルルーシュ”じゃない) 改めてそう思うけれど、こちらが寝ていると思っているとき、ひっそりと覗き込まれる瞳はときどき“どちら”なのかを見失ってしまいそうにやさしい。紅なのか紫なのか。にじんだように判別がつかない。 ――否。わからない、ふりをしている。 * 夜、隣で眠っているはずのスザクが、昼間にひとり、椅子に腰かけて眠っている姿をよく見かけるようになった。 それに気づくと同時に、ルルは失念していたある事実に気づいた。 ――呼び名。 明け方、ルルが先に目覚めて隣に眠るスザクを見ていると、彼は呼ぶのだ。ルルーシュ、と。 それまで、夢の中で「ルルーシュ」を呼び、目覚めると決してその名を口にしないスザクを前に、“ルル”が“ルルーシュ”ではないと言われているのだと感じていた。でも、思い出したのだ。ルルもスザクも、その身はひとではない。アンドロイドだ。アンドロイドは――夢を、見ない。つまり、夢の中で寝言を言うこともない。 その事実からわかることは――。 スザクは夜、眠っていない。そして、故意に“ルル”の前で“ルルーシュ”を呼んでいる。それらが表している事実はただ一つ。拒絶だ。 そのことに思い至ったルルは、椅子で眠るスザクを前に唇を噛みしめた。生半可なやさしさと曖昧な拒絶を与えるくらいなら、いっそ完全に突き放してほしい。 夕食の前、スザクが目覚めるのを待ってその前に立った。 「最近、夜に眠ってないんでしょう?……そんなに、俺と一緒にいるのが苦痛、ですか?俺……俺は、嬉しかった!“ルルーシュ”じゃない俺の手を握ってくれるスザクさん…いや、スザク、が。太陽みたいにあたたかくて。 …以前、アンドロイドは心を交わせないと言いましたよね?それでも、俺は、あなたのことが…スザクがすきなんだ!」 どうせなら、完全に突き放してほしい。すきだと言えば、突き放される。突き放して、くれる。 ――恋人、っていいたいのかな。 あの日の冷笑を忘れていない。彼は絶対に“ルル”の気持ちなど認めない。 確信があって告げた言葉に、返事があった。 「……きみの中のメモリの錯覚だろう。“ルルーシュ”だったときの記憶がきみを混乱させているだけだ」 「っ、違う!メモリじゃない、俺の気持ちがスザクをすきになったんだ!!」 叫ぶように、くすぶっていたものを吐き出した。こうすれば、冷笑を残してスザクは離れていく。そう、思ったのに。 なのに、眼前のスザクはひどく動揺したように目を見開いてルルを見ていた。わななく唇が、か細く、消えてしまいそうな声を絞り出した。 「…めろ、」 「え…?」 「やめろ…!!やめてくれ…っ!!!嫌だ!!」 悲痛な声が叫ぶように拒絶を紡ぐ。それは確かに拒絶だったけれども、ルルが予期したものとは違った。 ――スザクはルルを決して受け入れることはない。 ただただ、不動の事実として存在すると思っていた基盤が、揺らいでいる。動揺するということは、“ルル”の言葉を、想いを“聴いた”ということだ。 「ス、ザク…?」 漠然と、だが確かに希望のようなものをみたルルは、おそるおそる手を伸ばす。 しかし、その手は渾身の力で払いのけられ、驚くべき速さで身を翻したスザクは部屋を飛び出して行ってしまう。 「スザク…!!」 振り返らない背中。空を掻いた腕は行き場を失った。 * スザクがいなくなった。 ここは軍の施設だ。いくら不穏分子のテロで監視が手薄になっていたとはいえ、どうやって抜け出したのかはわからない。ただ、事実として、スザクが帰ってくることはなく、代わりに帰ってきたロイドが口にしたのは、ついにテロから完全な戦争に状況が悪化したという知らせだった。 これまで、国家指定の研究所でのみアンドロイドが製造され、完全にその稼働数と動向を管理した上で最低限の存在を許していた現在の軍部は、多くがコーネリアのようなアンドロイド排斥派であった。しかし、国家が許可して製造している以上、その存在を積極的に活用すべきであるという肯定派がついにテロ行動に出た。軍部内の肯定派と排斥派から勃発した戦争は、合法施設にあったアンドロイドのみならず、不法に作られたアンドロイドをも駆り出した肯定派によってその戦禍を飛躍的に拡大しているという。 「相手の数が多くって困っちゃったから、排斥派の皆様が合法アンドロイドで残っているものがあればをすべて戦線に出せだって〜。もちろん、きみも僕が作った合法アンドロイドだから、例外じゃないねぇ?」 あはは、と真意の読めない笑いを浮かべてロイドがルルを見た。 ルルの送り出された先は、人とアンドロイドの入り乱れる戦場。炎が大地をなめ、瞬く間に命が散ってゆく、その様は、さながらこの世の地獄。 愛して欲しいと願ったのに愛してはくれなかった 彼は“ルルーシュ”ではない。わかっている。求める彼を誤ったりしないはずなのに。 なのに、“彼”と同じ声で、同じ呼び名で、「すき」だなんて言われたら、受け入れてしまいたくなった。 そんなの、裏切りだ。僕がすきなのはずっとずっと、ルルーシュだけ、なのだから。 ――ルルーシュ、 (10.09.28) |