エ ス ポ ワ ー ル










 優先事項である軍の仕事の合間を縫ってふたりのデータを取りに来るロイドが「まったくなんであんなわかりきったことの説明を何度もしないと駄目なのー!僕は研究がしたいの、け・ん・きゅ・う!!」と愚痴をこぼす。それにスザクが曖昧にわらって応じていると、彼の視線が突き刺さる。「ルル、どうかした?」とやさしい声音で、屈託なく問いかけてやれば済むこと。なのに、割り切れないままに視線から逃げるように意識を内側へ向ける。
 そうしてぼんやりとしていると、脳が過去のことばかりを反芻し、からからと映写機をまわし続ける。フィルムにやかれた「時」は、彼が僕の知る彼であった時間。


*


「……ルル…?」
 ふたりならできないことなんてない。そう信じていた僕とルルーシュは実際にふたりっきりで鳥籠から世界へと飛び出した。そして始めにルルーシュが挨拶したいと言った彼女は、初めてルルーシュに外の世界を教えてくれた人で、とても大切なのだと彼は語った。
 萌えいづる緑と晴れ渡る碧空のもと、スザクの隣で晴れやかな微笑みを浮かべたルルーシュは彼女の名を呼んだ。
「シャーリー、今まで俺のために色々とありがとう。スザクと一緒に行くことになったんだ。……シャーリーは俺に外の世界を教えてくれて、ユフィとのことも心配してくれたから、お礼を言いたくて。俺は、自由になったんだよ」
「…ほんと…に…?」
「ああ」
 若草色の大きな瞳がうるうると水気を帯びて光を反射する。ルルーシュのしあわせのために涙を流してくれるひとがいる。
「よかった…よかったね、ルル!」
「ありがとう、シャーリー」
 抱擁を交わすふたりに、ただ目を細めた。未来は、世界は、ひかりに満ち溢れていた。

「あ、そうだ!ルル、学校に行ってみたいって言ってたよね?」
「学校…って、人の子どもがみんな行く…?」
「そう!私と同じ年の友達がいっぱいいるの!今日は休みの日だから、授業はないけど…部活をしてる子はいると思う。今から一緒に行ってみようよ!!」
 振り返り、スザクを見る。「良いと思うよ」笑顔で頷く姿に、シャーリーが「じゃあ、みんなで行こう!」と右手を宙に向かって伸ばした。手を取り合うようにして走り出した二人に、スザクも足を速めるのだった。


 学校の運動場では、運動部の学生たちが掛け声をあげながら走ったり、野球やサッカーの練習をしている。カキーン、と気持ちのいい音を立てて空を横切っていく白い球。
 物珍しくて、きょろきょろと周囲を見回していると、シャーリーが手招く。
「私の教室も見てみる?」
「ああ」
 校舎に入り、階段を上がったところで、横手にある扉を開いて足を踏み込んだ。
 大きな窓から見える運動場。白いカーテン。たくさんの机。黒板。
「ルルーシュ」
 呼ばれると、そこには、教室の真ん中にある椅子に腰かけているスザクの姿があった。
「君も座ってみなよ」
 隣の椅子を引いて招かれるままに、腰を下ろした。
「じゃあ、出席を取ります!ルルーシュくん!」
 教壇に立ったシャーリーが、かしこまった調子で名前を呼ぶ。
「…はい」
「次、スザクくん!」
「はい」
 経験したことのない、学園生活が思い浮かぶようだった。


 それから、シャーリーの所属する水泳部がいつも使っているというプールを見に行った。屋内にあるプールは、誰も使っておらず、しんとした静寂が満ちている。
 プールサイドに寄り、水に手をつけながら尋ねる。
「シャーリーは、ユフィとここで出会ったのか?」
「ううん、あれはプライマリースクールの頃だから、小等部の方にあるもっと浅くて小さいプールなの」
「プールがたくさんあるんだな」
「たくさんっていっても、中等部と高等部は共有だから2つだけどね。…あれ、大学部にはあったっけ?わかんないや」
「…こんなにたくさん水があるのは、僕、初めて見た」
「ああ、俺も」
「水っていったら、海はもっとすごいんだよ!プールは建物の中だけど、海はすごく広くて、空の下で泳ぐのはすっごく気持ちいいの!!」
「海…か」
 目を閉じて想像する。青い空の下に広がるたくさんの水。陽が射して、キラキラ輝く。
「行ってみたいな」
 そっと漏らした呟きに、思いのほか強い返事があった。
「じゃあ、僕と一緒に見に行こうよ。海を」




 シャーリーと別れ、二人は海に向かった。夜中に着いた海辺の民宿で眠り、まだ暗いうちに目覚める。静かに宿を抜け出したルルーシュを後から目覚めたスザクが追う。しばらく歩いて視界が開ける頃には、東の空が明るくなっていた。
 深い夜の色をした一面の海の先。水平線からゆっくりと姿を現す太陽。浜辺に立ち、眺めるその景色に圧倒される。ゆるゆると昇る太陽は、瞬く間に水平線を離れ、世界を朝焼けで包み込んだ。
「すごい…ね」
 いつの間にか隣に立っていたスザクの言に頷く。寄せては引く波の音が心地よく耳を撫でる。早朝の少しばかり冷たい風に、スザクの手のぬくもりを探った。探り当てて絡めた指は思った通り、あたたかい。
 光の強さを増した太陽の眩しさに瞳を閉ざした。そんなルルーシュの前に回り込むスザク。突然陰になった視界に、ルルーシュが瞼を開くと広がるのはスザク。ゆっくりと閉ざされていく翠に、反射的に瞼を閉じた。
――こういうときはね、目を、閉じるんだよ。
 やがて、唇に触れる温かな感触。名残を惜しむように離れていき、ゆっくりと目を開ける。
「朝焼けの海辺でキスって…なんだかロマンチックだよね」
 にこりと笑うスザクに、顔が熱くなった。
「っ、こんな、ところで!!」
 恥ずかしさを紛らわそうと、繋いでいた手を離して拳を振り上げる。するり、と軽やかに避けると走り出すスザク。
「こら、待て!スザク!!」
 砂浜を軽やかに駆けるその背中を追いかけた。2つの足跡が寄り添うように続いていく。
「早くおいでよ、ルルーシュ!!」
 立ち止まって大きく手を振るスザクの髪が、陽を受けて黄金色に輝いていた。




背中を追いかけあったぼくら




 「ル、ルーシュ…」
 眠るとき、スザクは手を握っていてくれる。抗いようなく引きずられていくなか、その手にどれだけ救われたかわからない。
 そんなふたりの様子を見たロイドが寝室を一緒にしてくれて以来、目覚めるとすぐ隣にスザクの姿がある。それが嬉しくて、かなしい。
 夢のなかで「ルルーシュ」を呼ぶ彼は、目覚めると頑なにルルの名を呼ぼうとはしない。暗に否定されている。
 ――お前はルルーシュなんかじゃない。


 …しってるよ。







(10.03.20)