エ ス ポ ワ ー ル










「僕だって頑張ったんだよぉ〜?なんていっても、ルルーシュは僕の渾身の作だったんだから」
「……でも、もう“ルルーシュ”ではないんでしょう」
「“ルル”は間違いなく“ルルーシュ”からできているんだよ?彼の身体を使って、破損してしまったメモリもできる範囲で修復した。だから彼は僕が教えたわけでもないのに君の名を知っていたよね?」
「…は、い」
「彼をルルーシュだとみるか、そうはみないか。それはスザクくん次第だねぇ」
「……」


 スザクは目を閉じ、つい先ほどの出来事を反芻する。
『はじめ、まして。俺はルル。……スザク、さん』
 確かに彼はスザクの名を知っていた。でも、「はじめまして」といい、戸惑うように「スザク、さん」と口にした。あのとき、ロイドが間に入って説明していなければ、どうしようもないことなのに、彼に対して糾弾していたかもしれない。どうして、と。自分のもとへ帰ってきてくれたのではないのか、と。
 ルルーシュは稼働を停止する際に自分の脳を破壊した。そこにあったメモリは、普通の衝撃では破損せず、再稼働が可能となった最新型アンドロイドだった。しかし、誤算だったのはアンドロイド自身の手による破壊だったこと。修復したところで、その記憶はほんの一部しか残っていない。だから、彼にとってその記憶は自分のものであって自分のものではない。ひどく曖昧で、頼りない記憶。他人のもののような。
 彼は悪くない。わるくない、のに。


「あの瞳、は…」
「ああ、あれー?破壊時の影響で紅になってしまって、戻せないんだよねぇ…。僕も彼の高貴な紫を気に入ってたんだけど…。記憶といい、あの瞳といい、もしかしたらラクシャータならなんとかできたかもしれないんだけどぉ。スザクくん、本当に知らないんだよねぇ?」
「はい…。僕は、動き始めたときには既にC.C.――僕の元の主人のところにいたんです。ラクシャータという人のことは、僕の製造主だとC.C.に教えられただけで、それ以上のことは本当に何も知りません…」
「そっか〜。まあ、それなら仕方ないねぇ」
「すいません…」
「んー、別に僕は謝ってもらわなくてもいいんだけど。スザクくんと彼の問題かなぁ?」
 肩を落とすスザクを興味深げに見て軽く笑うと、ロイドはスザクの肩を叩いてその場をあとにした。
「ちょっと軍が慌ただしくなってきてやることが溜まってるから僕はいくよ〜。スザクくんは彼の面倒でも見てあげてねぇ」
「、」
 逃げられない。彼であって彼でない、あの瞳から。




「あ、あの!」
「…なに」
 ロイドと入れ替わるようにして入ってきたルルは、おそるおそるスザクに声をかけたが、返ってきた冷たい反応に伸ばしかけた手を引っ込めた。
「え…と、スザク、さんは…“ルルーシュ”のことを知ってるん、ですよね」
「……そうみたいだね」
「俺の記憶は欠けているところがたくさんあってすごく曖昧で…。でも、これだけは覚えてるんです。スザクさんは、俺の――」
「恋人、っていいたいのかな」
「ッ!!」
 知らず、冷笑を浮かべて告げるスザク。ルルは言葉を失った。言外に否定された気がした。“俺”の恋人なんかじゃない。視線が泳いだ末に、ふたりの足元へと落ちていく。いたたまれない。“自分”の居場所はどこにあるのだろうか。
「それより、きみは一度メモリが壊れたんでしょう?感情の感知とか知識とか、これまで積み上げてきたものは残ってるの?」
「消えてはいない。でも…それが本来持っていたすべてなのかは」
「わからない?」
「…はい」


 スザクは座っていたベッドから立ち上がると、窓際へと足を進めた。窓を開けると冷たい風が吹き込む。彼の黒い絹糸をさらっていく様を見ていた。
「まず、おさらい。アンドロイドは人の感情を脳が発する電気信号を感知することで受けとめる。身振りや表情と感情を繋ぐのも、まずは電気信号でその感情を理解し、その感情と身振りを繋ぐことで理解している。これはいいよね?」
「はい」
「でも、アンドロイドの感情は感知できない。僕らの脳は脳に似て非なるものだから、そこから発される信号も異なってくる」
「…はい」
「じゃあ、わかるでしょう?僕らは互いの感情を感知できないってこと。元々感情には形もない、だから見えない。感知することもできない。――なら、恋心なんて、交わせない」
 ゆっくりと、諭すように告げるスザクの目は、昏い翠。底が見えない。
「っ、それは…!!」
 咄嗟に反論しようとしたルルに、しかしスザクは背を向けてしまう。窓から見えるのは、まるく赤みがかった大きな月。
「今夜の月はきみの瞳の色みたい、だね」
 朧気な記憶の中、スザクはルルーシュの紫色の瞳をいとしげに見ていた、気が、する。確かな記憶も、彼のあいした瞳さえも失ってしまった自分。知りたかった。自分は誰なのか。ルルーシュであってルルーシュでない中途半端な存在。返せる言葉などなく、ルルはその場を後にした。用意されていた夕食に一口だけ手をつけて、あてがわれた部屋へと戻る。
(ああ、本当に…月が、あかい)
 しばしの間、魅入られたように月を眺めていたが、急速に意識が遠のきだした。強制的な眠りが訪れる。深淵が手招きして、もうどこにも戻って来れないような恐怖がこころを占め、きつく瞼を閉じた。
「ス、ザ――」
 無意識に伸ばした手が、ぬくもりに触れた気がした。




この想いは形に成らない見えない感じない





 翌朝、目を覚ますと彼がルルーシュと同じ表情で僕の髪に触れていた。
(そうだ、昨夜は眠りに落ちる彼の手を握ってそのまま彼のベッドの脇で眠ってしまったんだ)
 薄眼で彼をみると、思いの外やわらかい表情が僕を見つめていて驚く。やわらかい僕の髪が――そして笑った顔がすきだと、かつてルルーシュがいってくれた言葉を思い出した。
 たとえ見えなくても、誰も感じ取れないものだとしても、僕のこころはルルーシュを求める。彼ではない。なのに、重なってしまった彼の手を振り払うことができなかった。
 ――きみは、だれ。







(09.09.17)