エ ス ポ ワ ー ル










 青々と葉を繁らせた枝を大きく天に向かって広げているのは桜の木だ。桃色の花を散らせたそれは、一見して桜とわからない者も少なくない。一年間まわりにとけこみ、息を潜めていた木が、春の訪れとともに一気にその存在をまわりにしらしめるのだ。春の王者とでもいおうか。その潔い生きざまは見事としか言いようがない。旅の途中で見つけたその桃色の景色は、夏も盛りになった今も色褪せてなどいない。


 雨上がりの空、みずみずしい水滴をこぼす緑の下、手を泥だらけにして眠るのはまだ幼い少年。柔らかいアッシュブロンドが眠る目元を覆っている。その傍らには、小高く土が盛り上がっており、小さな石が十字の形に並べられていた。
 たった独りで眠る少年に“彼”の面影を見つけたようで、柔らかい髪に絡めた指を離せない。隣にしゃがんだ彼女は、次第に青さを取り戻してゆく空を静かに見つめながら呟いた。


「おまえはしあわせになったか…?」




 *




「おい!お前を生み出したのはラクシャータ・チャウラーか!?」
 叩いても揺さぶってもいっこうに反応をみせないスザクに、コーネリアは舌打ちをして薄暗い軍事施設の一室を出た。付き従う軍人は恐縮したようにコーネリアに頭をたれ、簡素な椅子に座らされ、拘束されたスザクとともにその場に残った。風を切る音がうなり、椅子が軋みをたてたが、もう彼女の耳に届くことはない。


「おい!やつが全く反応を示さんのはどうなっている!?」
『やつ…というと、スザクくんのことですかぁ?』
「そうだ!それ以外に何がある!」
 電話機越しに響く怒声を気にした風もなく、飄々と答えるのはロイドだ。
『んー、どうなっていると言われましてもねぇ……実際見てみないことにはなんとも…。あ!呼吸はしてるんですか?』
「ああ」
『それじゃあ、死んではいませんね〜』
「だからどうなっているのかと訊いているッ」
『まあまあ、そう苛々なさらずに。所用をすませ次第そちらに伺いますから』


 それから一週間ほどの後、ようやくロイドが軍に到着した。
「ロイド!遅いぞ!」
「いやぁ、少し準備に手間取ってしまいまして…」
「御託は良いから、早くやつを診ろ」


 拘束されたスザクを一通り触診したのち、取り出した機器で脳波を調べる。
「…これは……」
「原因はわかったのか?」
「そうですねぇ〜…。殿下が先日送ってくださったアンドロイドを調べたんですがね」
「ロイド!!私が聞きたいのはあれのことではない!ラクシャータの施設で生まれたというこれのことを早く説明しろ!!」
「まぁまぁ、スザクくんとも関係があるからお話しするんです。とりあえず座って聞いてくださいよ」
 いって、ロイドは近くにあった椅子をコーネリアのほうへ寄せて示した。ふん、と不機嫌さもあらわにコーネリアが腰をおとす。
「あのアンドロイドの死亡――正確には稼働停止の原因は、その機能性の高さにあります。僕の技術を結集した最新型のアンドロイドで、並外れて感応力が強い。感情に対して敏感すぎるほどに敏感で、彼自身がもちえた精神、つまりこころも人間と比べて何の遜色もないものでした。その彼が、何らかの原因で自らのこころを破壊した。恐らく、殿下が彼に向けられたであろう憎しみや怨嗟といった負の感情を受け止めきれずオーバーヒートした。…それ以外にもなんらかの強い精神的なショックを受けたのかもしれません。それで、自分を自分で壊したんです。アンドロイドの一番の弱点は何といっても脳。その瞬間、目には見えませんが激しい超波動のようなものが発されたはず。それが近くにいたスザクくんの脳にも何らかの影響を与えたんでしょう。その影響と、彼の――ルルーシュの死という事実にスザクくんのこころが耐えきれず閉ざされてしまったのかもしれません。スザクくんはルルーシュと仲が良かったですから」
「そんな…アンドロイドがヒトのようなこころをもつというのか!?これは、形ばかり人を模した心なき機械だ!!」
「……それでも、事実は事実です。ルルーシュも彼も、こころをもっていた」


「――しゅ、」
「「え…?」」
「――る、しゅ」
 小さな呟きに、ロイドとコーネリアはいまだ機器の取り付けられたままのスザクを振り返った。ほとんど動きのなかった脳波がゆるやかに動いている。
「スザクくん!?」
 肩をもち揺さぶると、薄く開いた瞼から、翠の瞳が覗いた。
「……ロイド、さん…?」
「スザクくん、大丈夫かな〜?記憶はある?」
「…ぁ」
 ビクリ、と震えたスザクが手で顔を覆う。
「る、るーしゅ…は…」
「……」
「ッ!!」
 何もこたえないロイドを見たスザクの目が見開かれ、深い絶望がその瞳を暗く濁らせる。


「おい!お前はラクシャータの施設で生まれたのだろう!ラクシャータの行方を言うんだ!!」
 ロイドを押しのけて問いただすコーネリアに、しかしスザクは首を振るばかり。
「知りません…僕は…ぼくは…ッ!!!」
「まぁまぁ、殿下、落ち着いてください」
「ロイド!!何のためにこれを軍に連れてきたと思っている!?」
「だから、とりあえずは――」
 そのとき、突如響いた電子音に、コーネリアは息も荒く電話を耳元にあてがう。
「なんだっ!」
『殿下!大変です!帝国領王族直轄地で不穏分子による爆破テロが起きました!!至急こちらにお戻りください…!!』
「なんだと!?わかった。私が戻るまでに状況把握と出撃準備を整えておけ!!」
『イエス、ユアハイネス!』
 ピッ、と音が鳴り通話が切れる。
「緊急事態だ。私は行く。また何か分かり次第連絡しろ」
 ロイドに言いおくと、コーネリアは慌ただしくその場を出ていく。
「緊急事態…ねぇ…」
 仰ぎみた天窓からは、照りつける太陽がまぶしく光を注ぎ、蠢きだしたこの世の闇を照らしていた。


 発作的な状態を脱したスザクは虚ろな瞳でロイドと同じ空を見ている。
(ルルーシュ、)
 青を背景に舞う雪。触れたらきっと冷たかろう。倒れ臥す黒髪と散る薄桃が目の前でゆらゆらと揺れ続ける。混在する夢と記憶と現実の中、泣くことも叫ぶこともできない。
 すべてがちかくてとおい。
(ここは、どこ)




「…スザクくん。君は以前僕に訊いたよねぇ?ラクシャータを知っているか、と。彼女は昔、僕の同僚だった。国の方針が気に喰わないといって国家認定の研究所から姿をくらませた。生まれながらに完成された知能と感情をもつアンドロイドの追究。ロロとナナリーは、おそらく彼女の手によるもの。――この時代、きみたちアンドロイドがただのヒトの一員のように生きるのは簡単じゃない」
 行く先は暗雲。
(そんなことを望まれたわけではなかっただろうに――マリアンヌ様)
 それでも、絶望するわけにはいかない。希望を捨てることはできない。だから、


 意識の定まらぬまま再び意識を手放したらしいスザクを寝室のベッドに運ばせると、ロイドはラボにこもった。




運命は残酷すぎた





 夕暮れの太陽のもと、数週間前までは深緑に覆われていた世界が黄や橙、茶の葉にうずもれている。吹き抜ける風が早い冬の気配を少しだけ伴って肌を冷やす。秋が深まりつつあった。
「スザクくん」
 開いていた研究所の窓を閉じ、緩慢に振り返る。目を細めたロイドがゆっくりと横にずれ、背後から人が現れた。
 濡れ羽根の黒い髪は細くつややか。暮れゆく夕映えに、それと同じ紅の瞳がスザクを映す。
「はじめ、まして。俺はルル。……スザク、さん」
 “彼”と同じ声なのに、僕を呼ぶ声にかつての感情はなかった。




(09.08.20)