旅の道程が進むにつれ、季節は本格的な夏になろうとしていた。連日のように降り続ける雨に、徒歩での移動をあきらめ、渋るスザクを説得して長距離列車の利用を決める。人のごった返す車両を避けて座席につき、4人は窓の外を見ていた。雨のそぼ降る外の色はくすんだ色合いだったが、流れていく田園風景はここしばらくで見慣れた懐かしさがあった。 刻々と流れすぎてゆく景色。ガタンゴトンと規則的に揺れる列車。 いつの間にか意識が途絶えていたことに気付いたときには、ごくごく至近距離にスザクがいた。どうやら彼の肩にもたれかかって眠ってしまっていたらしい。 「あ、ルルーシュ。起きた?もう少しで駅に着くみたいだよ」 「そうか」 「もうちょっとしたらロロとナナリーも起こさないとだね」 スザクとルルーシュの座席と向かい側に、2人はちょこんと座って目を閉じている。たがいに寄りかかるようにして眠るさまはとても愛らしい。 「ずっと歩いてばかりだったからな。疲れているんだろう」 2人はまだまだ幼い。できるだけ早く、安全な彼女――ユーフェミアの屋敷に送り届けなければならない。 (ユフィ、といえば) 「そういえば、ユフィにバレンタインデーのお返しを渡せないままになってたな」 「あ…本当だ」 「駅に着いたら、町で一緒にプレゼントを買わないか?それから、ロロとナナリーにおいしいものも食べさせてやりたいんだ」 「いいね、そうしよう!」 * 「ハンバーグ、おいしかったー!」 「本当に!プリンも口の中で溶けるみたいで!」 仲良く先ほどのレストランで食べた料理について話しているロロとナナリーが微笑ましい。 「そんなに気に入ったなら、今度俺が作ろうか?」 「え!本当ですか、お兄さま!」 「もちろん。ハンバーグとプリンでいいのか?」 「うん!!兄さんの手作り!」 盛り上がる2人に、「よーし、約束だ」とルルーシュが小指を絡め合わせていると、少しばかり後ろを歩いていたスザクが追いついてきた。何も言わず、じっとルルーシュの目を見つめてくる。 「…心配しなくても、スザクの分も作るよ。もちろん、お前の好きなデミグラスソースつきで」 それだけで、パッと表情を明るくするスザクはとても素直だ。 頬を緩め、再び前を見る。すると、見覚えのある後姿が視界に飛び込んでくる。 「……ユフィ…?」 紡いだ声は大きくはなかったが、桃色の髪のその人は肩を震わせた。前を歩いていた彼女がゆっくりと振り返る。視線が出合い、見開いた瞳がルルーシュを映した。 「…ル、ル…?」 「…、はい」 「っ、おかえりなさい!ルル!それにスザクも!!」 駆け寄ってきた彼女の身体を2人で抱きとめ、3人は久々の再会に沸いた。ひとしきり互いの無事を確認し合うと、ユーフェミアは空を見上げていった。 「これからまた雨になるらしいの。早くうちに帰りましょう?」 どんよりとした空が重たい。先ほどまではわずかに差していた光も雲に隠れてしまっていた。 「もう随分長いあいだ太陽を見てない気がする…」 ユーフェミアの視線を追って空を仰いだロロの言葉に、彼女がロロと横に並ぶナナリーを見た。 「あら?あなたたちは?」 「ユフィ。実は――」 尋ねるユーフェミアに、ルルーシュはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。 「そう…、そうだったの……。そういうことならもちろん、私は大歓迎よ!ルルの家族は私の家族。ロロもナナリーも仲良くしてくださいね!私はユーフェミア。ユフィと呼んでくださいな」 ふんわりと微笑む彼女はとてもやさしい。母も姉も知らないロロとナナリーが照れたように、しかし嬉しそうに伸ばされた手を握っている。 (そう。俺が始まったあの日も、ユフィはこうして手を差し伸べてくれた) 懐かしさがこみあげる。ずっとずっと遠い日のことのようで。それでいて、あの瞬間のことは、今でも鮮明に思い出せるのだ。 『ようこそルルーシュ。私はユーフェミア。ユフィと呼んでくださいね』 変わらないあたたかさ、変わらない場所。穏やかな充足感が胸を満たす。 「ユフィ、雨が降り出す前に戻った方が良いよ」 ルルーシュの手をそっと握ったスザクが声をかけると、彼女は「そうね、みんな長旅で疲れてるものね!」といって身を翻して歩き出す。 「さぁ、はやく帰りましょう!」 数か月振りに玄関をまたぐとき、改めて「おかえりなさい」と告げられる。「、ただいま。」返しながら、胸に迫るものがあった。やはり無条件で迎えてくれる人とかえれる場所は無意識に張りつめていたものを緩めてくれる。 久々に目にした屋敷の中の光景は、ルルーシュとスザクがここを後にしたあの日のままだった。 リビングに入り、各々くつろぐよう勧められた。素直に従い、椅子に腰かける。そうすると、この部屋でシャーリーやユフィと団欒した日々がよみがえってくる。 「外の世界はどうでしたか?」 紅茶の入ったカップを置きながら、ユーフェミアが尋ねてきた。 「何もかもが新鮮でした。あふれる人、自然、すべてが。大切なことにも気づかされました」 「大切なこと?」 隣りに座ったスザクが問う。 「ああ、とても大切なことだよ」 ゆるやかに口元に笑みをはき、スザクを見る。こうして隣りに彼がいること、ルルーシュをその瞳に映してくれること、言葉をかけてくれること。それは当たり前のものなどでは決してない。与えられるばかりでなく、同じように慈しみ、与え返していくことでこの奇跡を大切に未来へと繋げてゆく。 「おまえの隣りにいられることを誇りに思うよ」 テーブルの下、膝の上に置かれた左手にそっと手を重ねて告げた。 「……っと、ルルーシュ。ユフィにあれ、渡さなくちゃ」 「あ、ああ。そうだったな」 「あら?私にですか?」 小首を傾げるユーフェミアに、ルルーシュは赤いリボンのかけられた包みを差し出した。 「俺とスザクから、遅くなりましたがバレンタインデーのお返しです」 「まあ…ありがとう!!開けてもいいかしら?」 こくりと頷くと、彼女はするするとリボンをほどいて包みを開いていく。中から出てきたのは、精緻な彫りの施されたガラスの中に桃の薔薇を封じ込めたオブジェ。照明の光を反射してキラキラとガラスが輝く。 「とってもきれい!!これはどこで?」 「町のショーウィンドウで偶然見かけたんです」 「本当にありがとう、ふたりとも!!早速ここに飾らせてもらいますね」 と、そのとき、来客を告げるベルの音が鳴った。 「あら?誰かしら」 いつの間にか窓の外は灰色に覆われ、雨が降り出していた。ユーフェミアはお茶を飲む手を置いて出ていく。ルルーシュがドアの方を見ていると、ユーフェミアが戻ってきた。 「また雨だ。少し濡れてしまったよ」 「シャワーを浴びられますか?お姉さまが突然いらっしゃるから驚きました!」 「いや、いい。軍の方で色々あってな。……ユフィ。それよりも」 背後に伴った女性をユーフェミアは姉と呼んだ。ルルーシュは席から立ちあがり、かの美貌の女性を見る。視線があった途端、秀眉が険しくひそめられた。 「ああ、お姉さま、紹介しますね!彼らは私の新しい家族。ルルーシュ、スザク、ロロ、ナナリーです。そしてみんな、こちらがコーネリアお姉さま!お姉さま、とっても久々に軍から休暇がおりたんですって!!」 朗らかに紹介をするユーフェミアとは対照的に、コーネリアは一層険しい表情で一同を見渡した。「軍」の言葉を聞いたスザクが軽い緊張を走らせる。 「…ユフィ。いつの間に見知らぬ人間を4人も屋敷にあげた?」 「私、ずっと一緒にいられる家族が欲しかったんです。それで、ロイドにお願いして」 「ロイド…だと!?では、これは…」 「みんなアンドロイドです。でも、アンドロイドだからってなにも私たちと変わらないんですよ?同じようにご飯を食べたり眠ったり、笑ったり怒ったり。命をもった、人と同じ存在なんです」 「……ユフィ…、まさか、おまえまでこんなものに入れ込んでいたとはな。気づかなかった私が迂闊だった」 「こんなものって…ルルたちはものなんかじゃない、私の大切な家族なんです!!」 ユーフェミアの言葉に、緋の炎がコーネリアの瞳の奥で冷たく燃え上がった。 「これはヒトではない。形ばかり人を模した心なき機械。血も通わぬお前たちが私のかわいい妹の家族だなどと…恥を知るがいい!!心をもたぬ化け物、私の朋を殺した思想なき野蛮な狗どもが…!!」 「お姉さま、違います!みんな生きてるんです!!私たちと同じ心をもってる。そんな風にみんなを貶めないでください!!」 取りすがるユーフェミア。コーネリアは妹の手を振り払い、憎々しげにルルーシュを見た。 「ユフィをたぶらかすなど…!!」 ジャキ、と冷たい金属音が響く。銃口の定める先に気付いたスザクが真っ先にコーネリアに向かって駆け出す。しかし、それよりも一瞬早く、銃口が火を噴いた。 「ルルーシュ…っ!!!」 確かに銃弾が自分に向かってくるというのに、ルルーシュは動かない。鋭すぎる感応神経が脳を焦がす。ぶつけられた激しい感情を受け止めきれずに激しい頭痛が身体を支配する。 「お兄さま!!」「兄さん…!!」 視界を舞ったアッシュブロンドがひどくゆっくりと傾ぎ落ちてゆく。 高い音。ガラスの砕ける音。光を受けて乱反射するガラスの破片。 一瞬の後、とさ、と軽い衝撃音とともに完全に地におちたふたつの身体。 「…ロ、ロ…?ナナ、リ…………?」 どこか自分と似ていた薄紫の瞳はどちらも固く閉ざされて動かない。 『僕たちは今日から兄弟で!ね、兄さん』 『お兄さま、苺は好きですか?』 「ぁ…う…ぁ…、あああぁ――――――っ!!!!」 大きく震えたと思うと、頭を抱えて絶叫を上げた。きらめく紫が紅く染まり、焦点を失った瞳孔が虚空を滑る。 そうして、一際激しく頭をかきむしったルルーシュの声が、そのまま尾を引いて消えた。 「―――ッ!!」 ピシリ、と脳に走った一瞬の激痛にスザクが視界を閉ざした間に、どさっと床を叩く音。間をおかず、ユーフェミアが駆け寄るヒール音。 そして。 「い、いやぁ――――――――っ!!!!」 重い雷鳴を裂き、甲高い悲鳴が響く。雨が窓を叩く。 ようやく上げた視線の先、倒れ臥した黒髪と、とりすがる桃色がひどく澱んで視界を埋めた。乾いた目には何も浮かばない。なに、が、 (ルルーシュ……?) 彼の死を見て泣き叫ぶ彼女を見る僕 視界の隅で、割れたガラス片に混じって桃色の花弁が散っていた。 (09.05.20) |