ゴールデンウィークが明けた火曜日。転校初日だというのに、迷子になって遅刻した。
 ――高校2年、雪村千鶴。憂鬱な5月が始まった。




5月 世界は憂鬱と闘う日々





 連休の間に引越してきた千鶴がこれから通うことになったのは、進学校の白鴎高校だ。
 青々と新緑のまばゆい並木道を過ぎると姿を現す白く立派な校舎。遅刻したためか辺りに人影はなく、職員室の場所もわからない。仕方なく、廊下に掲げられた教室名をひとつひとつ確認しながら歩いていると、前方から歩いてくる男子生徒が目に入った。
「すいません…!あの、職員室ってどこでしょうか」
 彼は駆け寄ってきた千鶴を訝しげに眺めたのち、背後を振り返って左手で廊下の角を指差す。
「そこの突き当たりを右に曲がってすぐだ」
 簡潔に答えると、早々に千鶴の来た方向に向かって去っていく。
「ありがとうございました!!」
 まっすぐに遠ざかっていき、振り向くことのない背中に向かって礼をのべると、職員室へと急いだ。



 千鶴は特別人見知りをするタイプではない。とはいえ、クラスのグループも固まりつつある5月の転校は微妙だ。なのに、転校初日から遅刻して、担任が出席をとっている最中に「遅刻してすいません!迷子になってました!転校生の雪村千鶴です!!」とそれは勢い任せの登場をしてしまった。(本来なら職員室で担任に挨拶して一緒に教室へ来るはずだったが、職員室に駆け込んだ千鶴に告げられたのは「転校生?土方先生ならもう教室へ行かれたから君も早く行きなさい」というものだった)
 第一印象がなかなか強烈だったためか、遠巻きに見られているのがわかって嘆息する。
(失敗したなぁ…)

 ただでさえ落ち込み気味のところに、早速配られたプリントを見て更に気持ちは下降する。
 千鶴は今、高校2年。文理系に分かれたクラスでは、迫り来る未来――すなわち、高校卒業後の進路について考えざるを得ない時期を迎えていた。進学校に転校するからには、大学進学を視野に入れているのだが、今ひとつ将来の職というものを実感をもって考えられずにいる。それなのに、進路調査表には第三志望までの大学と学部名を記入して今週中に提出との文字が踊っていた。
(将来の夢……か…)
 まだまだ永遠に学生生活が続いていくような心持ちさえするのに、将来の仕事。
「……どうしよう…」
 呟いて項垂れると、斜め前に座っていた小柄な男子が振り返った。

「どうしたんだ?」
「あ、うん。進路が決まらなくて、困ったなぁ…って。えーと、あなたは…」
「ああ、俺は藤堂平助。平助って呼んでくれよ」
「私は」
「雪村千鶴、だろ?」
「うん!よろしくね、…平助、くん」
「ああ!」
 そうして千鶴は、同じく将来未定という平助と言葉を交わし、その日のうちに打ち解けたのだった。


「それにしても、あの登場の仕方は激しかったなー、千鶴」
「もー、平助くん!その話題引っ張らないで!!」
 からからと笑う平助に非難の眼差しを向けてみても効果はなく、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。


 友人ができた。進路調査表にはとりあえず、知った大学名を書いてみた。
 定まらない未来の憂鬱に、新緑の青さがまばゆい。

 季節はやがて夏に向かってゆく。



ス ク ー ル デ イ ズ



(2010.09.09//カカリア
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