※某イラストから着想した現代パラレル族抜け話





都会で窒息死





 気づいたら、道を踏み外していた。強さに憧れて、剥き出しの刃みたいな冷たい煌めきに惹かれて、気づけば多摩愚連隊副長である土方さんの背中を追っていた。
 喧嘩の仕方を教えてもらった。対立グループを潰し、夜の街をバイクで縦横無尽に疾走した。およそ思いつく限りの悪事をやりつくし(とはいえ、人殺しはしていない)、自分の進む道に果てが見えてきた頃、それは起きた。
 対立グループのリーダーである風間とやり合って不覚をとったのだ。風間はうちの副長である土方さんを目の敵にしていた。土方さんを尊敬し崇める俺にとっては、彼を貶める風間は仇敵。「ここであったが百年目」と言わんばかりにやり合った。
 鉄パイプを用いる俺に対して、風間がナイフを持ち出した。明らかに間合いの利はこちらにあったはずだが、ナイフを使うと見せかけて、その長い足が伸びてきたことに気づいたときには、既に思いっきり鳩尾に蹴りを喰らい、息が詰まるような衝撃と共に吹っ飛ばされた。壁にぶち当たった際、したたかに背中を打ちつけたのがとどめになり、意識は混濁した。


 次に目覚めたときには、見慣れぬ天井が視界に広がっていた。
 腹に走る鈍い痛みに軽く呻きながら身を起こそうとすると、「まだ起きちゃダメです!」と肩を押し戻された。
「…あんたは誰だ」
「あ、私、雪村千鶴と申します。なんだか、風間がご迷惑を掛けてしまったみたいですいません…」
 風間と聞いた瞬間、反射的に身を起こして目の前の女と距離をとった。この際、痛みになど構ってはいられない。
「あんたは風間の仲間か」
「えっと…、風間さんは私の幼馴染というか…仲間、というわけじゃないです。こんなことは早くやめるようにっていつも言ってるんですけど、全然聞いてくれなくて…」
 苦笑を浮かべて話す女は、どうやら風間のグループに属するわけではないようだった。(確かに、一見して素人とわかる雰囲気だ)
「風間を知っているなら、なにゆえ俺を助けた。奴と俺は敵対関係にある。お前が風間の肩を持てば、俺はあんたにとっても敵だろう」
「私は、グループ同士の抗争とかってよくわかりません。でも……痛そうだったから。痛いのは、嫌いです。だから、手当てをしただけです」
「この程度、俺にとってはどうということはない。――世話になった」
「あ、まだ動いちゃ…!」
 引き留める声を振り払うように、部屋を後にした。そういえば、素人と話すのは随分と久しぶりだったとぼんやり考える。素人は、たいてい俺たちのような人種を恐れて近寄ってこようとはしない。変わった女だ。しばらくの間、意識を占めていた女のことは、しかし仲間のもとへ戻るに至って霧消した。
「おい、斎藤、大丈夫か!?お前、風間にやられたんだって?」
 いち早くこちらの存在に気づいた土方さんに声をかけられた。土方さんのためにも雪辱を晴らしたかったのだが、それが叶わず面目が立たない。
「…すいません……」
 苦渋の表情の俺に、土方さんは気にするな、とばかりに背を叩いてから離れていく。
 夜の東京は俺たちの街だ。バイクを連ねて風を切ると、風間にやられた無念も苛立ちも、風に流され夜闇に落ちていくようで、ようやく気分が晴れたような気がした。


 集会のない夜、喉が渇いて飲み物と夜食を買いにコンビニへ向かった。すると、コンビニ前に風体の悪い輩が五人ほどたむろしており、眉をひそめる。(一般人から見れば、俺もこいつらと同じ括りに入れられるということは、この際置いておく)
「お前、あの風間のオンナだろ?」
「風間のオンナにしちゃ随分可愛らしいじゃねぇか」
「オレたち、風間にはずいぶん世話になってんだよなぁー」
「こいつなんて、肋骨三本折られたんだぜ?お前のオトコに」
「わ、私は風間さんの幼馴染であって、オンナとかじゃありません…!」
「はっ!嘘言ってんじゃねーよ!!」
 品の悪い野郎共に囲まれている女の声には聞き覚えがあって、思わず足を止めた。
「用があるなら風間さん本人に言ってください!私は何も知りませんから!!ちょっと退いてください…!!」
 強引に男たちの間を縫ってその場を逃れようとしたようだったが、すぐに捕まえられ、壁際に追い詰められる。
 見過ごしても良かったが、それでは後味が悪い。彼女には、不本意ながら怪我の手当てをしてもらったという借りもある。しかたなく、ひとつ溜め息をつくと、男たちの後ろから声をかけた。
「おい、お前ら、何をしている」
「あぁ!?なんだてめぇ?」
「お前らのようなものに名乗る名は持ち合わせていない」
 吐き捨てるように口にすれば、女を囲んでいた男たちが皆そろってこちらへ向き直った。男たちの背後で、先日の女が目を見開いている。
「てめぇ…馬鹿にしやがって!!」
 リーダー格と思しき男が地を蹴った。それを合図に一斉に襲い掛かってくる男たちを前に、腰を落として、横薙ぎの第一撃をかわした。脇の下に手刀を叩き込み、相手が落とした得物を即座に拾い上げると、それを使って二人目の肩に一撃を叩き込む。背後からの突きをひらりとかわすと、勢い余った男は俺の前にいた仲間の腹に飛び込んでいった。倒れこんだ二人に一撃入れたところで、怯えたように立ちすくんでいる女の手首を取って走り出した。
 足の遅い女を引きずるようにして走ること五分ほど。もう大丈夫だろうと足を止めると、彼女は肩で荒い息をしながらその場にへたり込んでしまう。
 女の体力を考えずに走ったのはまずかったかと思い、近くにあった自動販売機で水を2本買って、その内の1本を差し出した。
「…大丈夫か」
「だい、じょうぶ、です、」
 素直に水を受け取り、一口含むと、ゆっくりと立ち上がった女は深く腰を折り、「助けていただいて、ありがとうございました」と述べてくる。姿を見れば、見覚えのあるセーラー服を着ていた。それは、自分自身も一応在籍している高校のものだが、学校帰りにしては夜が更けすぎている。
「――こんな時間に制服で何をしていた」
「あの、私、あのコンビニの近くのハンバーガーショップでアルバイトをしていて。学校から直接バイトに行って、さっきはバイトが終わった帰り道にちょっとコンビニに寄ろうとしていたところなんです」
「……確か、うちの高校はアルバイトは原則禁止だったと思うが」
「え!?どうしてうちの校則を知ってらっしゃるんですか!?」
「俺も、一応白鴎の生徒だ」
「そうだったんですか!?……あの、私…家族がいなくて、独り暮らしなんです。バイトをしないと生活費もなくて、学校にも行けないので…。だから、特別に先生に許可をいただいてやってるんです」
「……そうか。だが、このような時間に女子が一人で歩いていては危ない。…風間と付き合っているなら、やつを迎えによこさせろ」
「え!?私が風間さんと!?付き合ってないですよ!!風間さんとはたまたま家が近くて昔から知ってますけど、いつの間にかグループのリーダーになった、なんて言われても私、全然知らないんです!危ないことはやめてって言っても、全然聞く耳持ってくれないし…」
「危ないこと…か。確かに、そうだな」
「あ…、」
 自嘲気味に呟いた俺の声に、女は自分が今まさにはなしている相手も「危ないこと」をしている相手だったことを思い出したらしい。言葉を詰まらせるが、俺にはどうでもいいことだ。
「それよりも、早く家に帰れ。今日のところは俺が送ってやる」
「え!?そんな、わざわざ申し訳ないです!私なら大丈夫なので…!!」
「また絡まれては、俺が助けた意味がないだろう。いいから、早く来い」
 言って先に歩き出した。幸い、先日世話になった際、彼女のアパートの部屋で目覚めた俺は、彼女の家を知っている。先ほどは急ぎすぎたという意識があったので、今回はやや緩めの足取りで歩いていると、背後から軽い足取りで走って来た女が横に並んだ。
「えっと、あの――お名前、教えてもらってもいいですか?」
 そういえば、自分は先日彼女の名前を聞いていたが、こちらは名乗っていなかったことを思い出す。
「…斎藤、一」
「斎藤さん…ですか。今日は本当にありがとうございました!…そういえば、先日のお怪我はもう治りましたか?」
「ああ」
「そうですか…良かったです!!」
 そっけない俺の反応を気にした風もなく、本当にうれしそうに笑う姿に、胸の奥がむず痒くなった。


 アパートに着いたところで、突然足を止めた彼女に振り返った。
「あの!斎藤さん…も、白鴎に通ってらっしゃるんですよね?」
「…在籍しているだけで、ほとんど通っていないが」
「クラスはどこですか?」
「2−Cだが…それがどうした」
「今日のお礼がしたいんです。明日、学校で調理実習があるので、出来上がったら斎藤さんのクラスに持っていきます!だから、明日は学校に来てもらえませんか…?」
「……」
 学校など久しく行っていない。どうしたものかと迷っていたら、背後から低い声がかかり、反射的に身を翻した。
「――千鶴、家の前で何をしている?」
「あ…風間さん。バイトから帰ったところなんです」
「…で、この男はなんだ。土方の狗などといつ知り合った?」
 土方の狗、という単語にピクリと反応し、剣呑な雰囲気で風間を睨みつけていると、彼女が俺と風間の間に割って入った。
「斎藤さんは、私が絡まれていたところを助けてくださったんです!」
「……ふん、我が妻が世話になったようだな。…礼を言ってやらんこともない」
「誰があなたの妻ですか!私は風間さんと結婚した覚えはないです」
「照れずとも良い。遠からず、お前は俺の嫁になるのだろう」
「なりませんっ!!大体、私は人を傷つけるようなひとは嫌です」
 ふたりが不毛な言い争いを続ける中、蚊帳の外になった自分はもういいだろうと帰ろうとした。そのとき。
「あ、斎藤さん!明日の放課後、帰らないで待っていてくださいね!!本当にありがとうございました!!」
 背後から飛んできた声に振り向くと、朗らかに笑いながら手を振る雪村と、彼女の発言に目をむいて何事かと問いただそうとする風間が目に入った。


 学校など、もう縁がない場所とばかり思っていたのだが――。
 いつの間にか、意識は明日、学校へ行くものとして思考を巡らせ始めていた。



(2010.10.03初出→2010.11.25再録//ラメリアのくちづけ
menu