月 下 に 咲 く



 土方に命じられた任務を可能な限り速やかに処理し終えた斎藤の足は、無意識に千鶴の詰める角屋に向いていた。角屋の前には人だかりができていて、見廻り組が強引に突入したことを知った。
 千鶴には山崎がついている。それは理解していた。彼は千鶴を見捨てるようなことをしないという自信もあった。それでも、千鶴が危険にさらされているとき、他の誰でもない、自分の手で守りたかった。

「あまり…心配させるな――千鶴」
「は、い…!!」
 危機一髪、助けた千鶴は腕の中。縋りついてくる千鶴は安心したのか声が濡れていた。緊張に冷えた指先でその背を撫でながら、ちらりと視線を外へ向ける。
 夜の遊里の賑やかな明かりの向こう、逃げ落ちてゆく浪士たちの姿を追う黒い背中が見えた。山崎である。彼の他にも、千鶴を危険に晒した見廻り組の者たちも既に外だ。
 自分も後を追うべきかと一瞬思案したが、まだ己の腕の中にいる千鶴の震える肩を見て諦める。
「――千鶴」
 名を呼べば、潤む琥珀の瞳が斎藤に向けられた。
「斎藤さん…」
 縋るような声を紡ぐ唇は艶やかな薄紅。色づいた目元も、普段の千鶴にはないもので、危機的事態を回避した斎藤は息を呑んだ。
 前回、千鶴の姿を褒めようと思っても直視することもままならなかったことを思い出す。あのときよりもさらに近くで、斎藤だけを映す目が、求める指先が、己を捉えて離さない。
 咄嗟に逸らしてしまいたくなる顔を意志の力でおしとどめ、乾いた唇を開いた。
「その姿、よく――似合って、いる」
 目を見開いた千鶴の頬が色づいてゆくさまを脳裏に焼きつけるように見つめていた。この華が開くのは、避けられぬ闘いの中でだけ。たった一夜だけ咲く月下美人のような儚さのその娘の姿を夜が明けても見ていたいと思うのはただの我執に他ならない。


「で、斎藤が千鶴を助けに入って、お前は浪士どもを追ったと」
「…はい」
「……そうか。ご苦労だったな、山崎。見廻り組の件については、あとはこっちに任せろ」
 夜明けも近くなろうかという刻限、戻ってきた山崎の報告内容に土方は苦く笑った。陰の功労者をねぎらい、その退室を見送ってから土方は立ち上がって空を見上げた。
 薄明の空に浮かぶ有明の月。まもなく夜が明ける。
(ったく、お前も不器用な男だな…斎藤)
 千鶴を伴って帰ってきた腹心の部下を思い起こした。
 どこまでも自分の感情に鈍い彼に夜明けが訪れるのはいつなのだろうか。



(2011.05.29初出→2013.03.03再録)
組長が おいしいところ かっさらい 山崎烝