※ぬるいけど性描写あり。苦手な方注意。 ――はじめさん、見えますか?桜ですよ。 長い長い雪の季節が終わり、雪解けの春。あたたかな日差しが大地に芽吹く若草に降り注ぐ。 娘夫婦が訪れたその日、孫と四人で一緒に桜の花を見た。久々に娘と並んで食事を作り、弁当箱に料理を詰め、四人で桜の木の下弁当を囲む。 一がいなくなってから、幾度となく娘夫婦は一緒に住もうと千鶴に声をかけてくれた。けれど、一と共に過ごした家はあまりにも思い出がありすぎる。共に眠った部屋も、共に並んで食事を作った台所も、並んで茶を飲み、四季の移ろいを眺めた縁側も。すべてが、一と刻んだ時を覚えている宝だった。 「一さんはずっとここにいるのよ。だから私は大丈夫」 穏やかに微笑む千鶴に、重ねる言葉を失う娘は母の手をそっと握って「また来るね」と告げた。 娘夫婦が帰ったのちも、千鶴は桜の木の下で空を見つめ続けていた。 この土地の桜はいつからあるのだろうか。酷寒の地で一年間身を潜めて春の到来だけを待ち続けるこの木はとても強い。 桜の花は樹齢を重ねるごとにその花の色が白に近づく。京の桜も歳を重ねた薄桃だった。御陵衛士として去りゆく彼から貰い受けたのは薄桃の儚い花弁一枚。それだけを心の拠り所に信じて待ち続けた日々。大切に持ち続けている花びらは、しかし今、目の前ではらはらと舞い落ちるものよりは色を持っているのではないだろうか。 風で舞う花びらは透き通った白で、光を反射してきらきら光る。雪よりあたたかな光で網膜をやくけれど、やはりずっと外にいると流石に身体が冷えてきた。帰りを待ちわびるひとのいない日々はゆるやかに時が流れてゆく。必要最低限の家事をして、時折訪れる客人をもてなし、助けを求められれば手伝いに行く。糧を得るために細々と作っている薬は人々の手に渡っていき、誰かの病を和らげているだろう。 何かに追われることなく、思い出をいとおしむ時間は有り余るほどにあった。 千鶴は一旦家に入り、行李から亡き人の愛用した襟巻を取り出した。首に巻いて鼻を埋めれば、ほのかにかの人の香りが漂う気がする。羽織を重ねてもう一度外に出ると、少し歩いて小高い丘の上にのぼった。この辺りでは一番、空が近い場所。彼に近い場所。 集落を見下ろすように立つ桜もまた立派な大木で、千鶴は張り出す枝の隙間から空の蒼を追った。彼女の夫だった人は、空の蒼よりもっと深い海のような瞳で彼女を静かに見つめたものだった。 懐から小さな巾着を取り出し、掌の上に載せる。 墨染めの巾着は、あの日彼が遺した衣の裾を切り分けて作ったもので、中には彼の灰の一部と遠いあの日の桜の花弁が入っている。凝縮された思い出の品を捧げ持つようにして空に向かって掌を差し伸ばした。 「――はじめさん、見えますか?桜ですよ。……また一緒に桜を見ましょうって約束…覚えてますか?」 『一さん、長い冬が終わったら、また一緒に桜を見ましょうね』 『ああ』 『…約束、ですよ……?』 お別れの日に交わした言葉が脳裏をよぎる。あの日、彼は確かに答えてくれたのだ。また一緒に桜を見ようと。 だから。 「――はじめ、さん…」 熱を持ち始めた目頭に力を込めて上を向く。すると、遠く彼方からあたたかな風がひゅるりと吹き寄せ、千鶴の指先を撫でた。さんざめく光の花弁が掌に一枚落ちる。 (ああ、あのひと、だろうか――) 「きれいですね…、一さん」 答えるようにもう一度。少し強めの風が吹いて襟巻の端を巻きあげた。頬に触れる布に、懐かしくもいとおしい香りに包まれ、千鶴はようやく腕を下ろした。瞼を閉じればやさしい瞳を思い出す。ときに静寂(しじま)の湖面のように穏やかに、ときに荒れ狂う嵐のように激情を孕んで。いつだって千鶴を映してくれたあの瞳を。 最後に激情の藍色を見たのは、最後の夜だった。 いつだって千鶴に触れる彼の指先は壊れ物を扱うようにやさしかった。けれど、あの夜だけは堪えきれないものが溢れかえるかのように激しく求められたのだった――。 「いいお湯でした」 「そうか」 いつものようにかわした風呂上がりの会話。けれど、そこから先はいつもと違った。 手を引かれて膝の上に座らされ、生乾きの髪はそのままに背後から首筋をなぞる唇。首筋を這い上がった先は左耳だった。舌を使って丹念にねぶると、そのまま、伸びてきた右手にくいと頭を押さえられて肩越しに背後を振り返らされた。 「は、じめさ…!髪が…」 抵抗しようと開いた口を好都合とばかりに塞がれ、熱い舌が口腔を蹂躙してゆく。息つく間もない口づけは本当に彼らしくない。薄い酸素にぼやけ始めた視界からようやく一が焦点を結べる程度には離れたところで、口端から溢れた唾液をその指が拭いとった。そのままぺろり、と赤い舌が指を舐める様を呆然と眺めていると、不意に脇と膝の下に彼の腕が通され、僅かばかり宙に持ち上げられた。 声を上げる間もなく、布団の上に横たえられ、一が覆いかぶさってくる。 「千鶴…」 触れる息は熱く、まだ湿り気を帯びた長い前髪の奥から千鶴を見つめる瞳は焦燥と欲情とせめぎあう理性が複雑に揺れていた。彼がこれほどに追い詰められているのを見るのはいったいいつ振りだろうか。まっすぐにその琥珀色を合わせれば、唇を噛んだ一が視線を千鶴の肩口へ逃がした。 「…すまない」 掠れた声が届くか届かないかの声量で謝罪を告げるから、千鶴はできる限りのいたわりをもって微笑み、一の背に自ら腕を回した。 「謝らないでください。知ってましたか?私はずっと前から一さんだけのものなんですよ…?」 耳元で息を呑む音がした。震える腕に掻き抱かれ、「ありがとう…千鶴」と紡いだのはこの世で最もいとおしい声だ。 それからは、性急に求められるままに一を受け入れた。 余裕のない腕が腰紐をほどき、先程纏ったばかりの夜着を肌蹴る。いくら湯船であたたまったとはいえ、直接肌に触れる夜の空気は冷たく、肌が粟立った。体温の低い一の手が立ち上がる膨らみの頂を摘み、もう片方は舌で丹念に舐め回される。袷が邪魔だとばかりに肩から上腕にかけて一の目前に曝け出された。 心臓に近い頂を沈めるようにしながらふくらみを揉む手は休めることなく、全身に刻まれるのは千鶴が一のものである証。ちりりと走る痛みの数だけ千鶴は一に愛されていると肌で感じられる。 白皙の肌に散る薄桃は、さながら雪原に咲く狂い咲きの桜のよう。 鬼であるがゆえに、時をおかず消えてしまう花弁を許さぬように、一は何度も何度も証を散らせる。己の背からほどけた千鶴の腕を伝いその掌まで這い上がった手は互いの指を隙間なく絡めてそこを舌先でなぞった。ぴくりとゆるむ指を逃さぬよう捕まえると、こちらをみつめる千鶴の琥珀と視線が絡んだ。 「は…じめさ…」 「ちづる、」 薄く開かれた唇は一を誘っているよう。その甘誘に乗らぬ手はない。ぺろりと熟れた下唇を舐め上げたあと、呼気をその甘い口内へ流し込む。鼻へ抜ける千鶴の声に耳が痺れ、舌先が溶けていく。 彼女は一の境界を溶かす麻薬だ。脳髄が痺れた状態のまま、唇を離すと潤む千鶴の瞳が強請るように常にない媚びともとれる色を浮かべて一を見上げてきた。 普段の清純な彼女からは想像もつかぬ媚態に一は息をつめた。 そして、絡めていた指をそろりとほどき、代わりに一の膝が割っていた彼女の両足を掴めば、一しか知らない千鶴のすべてが濃密な香りをまとって花開く。 爛熟した赤。彼女の悦びを表す溢れ出る蜜。一を酔わせる千鶴の薫り。 蜜に誘われる蝶のように、その花に舌先を寄せ、ぺろりと舐め上げる。 「ん…っ」 腰を引こうとするのを許さず、さらに力を込めて尖らせた舌を抉るように突き入れた。呼応するように溢れるものを吸い取り、ぷっくりと存在感を見せる花芯を唇に挟みこんで食む。 甘く上擦る声は遠く、拠り所を失った指がすがるように褥に立てられている。それに物足りなさを感じた一は、行き場を求める白い指を再び己のものと絡めさせると、渾身の力でその手を握りしめた。同時に、千鶴を求めて蜜壺を激しく突き上げる。 甲高い嬌声がその雪白の喉から迸り、のけぞる喉元を舌でなぞり上げる。声帯を揺らす震えが舌を通じて一の内をも響かせるようだ。 最奥で繋がったあとは、ゆるゆると腰を動かしながら規則的に進退を続けた。 どんなに厚い丹前も、燃え盛る炎でさえも敵わぬ熱さで包み込んでくる熱はいかな毒よりも一を狂わせる。名を呼べば、より毒は全身に回るようだから、重ねて呼ばずにはいられなかった。 「千鶴…ちづる…ちづ、る」 熱に浮かされたように、それしか言葉を知らぬ赤子のように。 繰り返せば繰り返しただけ、千鶴は深く一を包み、繋いでいない方の手で一の髪に指を差し入れて引き寄せられた。素直に従い、縮む距離を無くせば触れる唇。 「っは、じめさん…!はじ、めさ…」 途切れ途切れに、しかし確かに彼の名を呼ぶ声が最後の砦を崩し、望むままに千鶴を貪り尽くした。余裕など皆無だった。ただ、そこに在る存在を、真実一だけのものにするために。本当に境界などなくなってしまえばいいと思った。 快絶の極みへと上り詰めるなか、千鶴の視界が白く塗りつぶされてゆく。光の向こうに細められた宵闇。伸ばした指が光の中、確かに握り返された。 「――づるちゃん!千鶴ちゃん!!」 名を呼ぶ声に、意識は現実へと引き戻された。焦点を結んだ視界には、ご近所の奥さんが心配げに千鶴を覗き込む姿。 「あ…、ごめんなさい。私、ぼうっとしてたみたいで…」 「良いけど…うちにいないと思ったら、やっぱりここだったのね。千鶴ちゃん…大丈夫?」 「はい、大丈夫です。ちょっと昔のことを思い出してて…」 眉尻を下げて困ったように笑うと、奥さんはその姿に一瞬眉をひそめたが、それまでの空気を一掃するように明るい声で千鶴を誘った。 「うちは今夜鍋でね!よかったら千鶴ちゃんも食べにいらっしゃいよ」 「お鍋ですか…!まだ朝夕は冷え込みますもんね。…そしたら、お言葉に甘えてお邪魔しちゃいます」 いまだ掌に残る白い花弁を墨染めの巾着に入れると、「じゃあ今夜は一杯食べてあったまりましょ!!」と手を引かれる。あたたかな手に導かれるまま、宵闇色になりつつある空の下を歩き出すと、彼方にきらりと一番星が輝いていた。 (一さん。私は、生きていきます。…ひとりじゃ、ないから――) (2010.11.16//skyline) ついったの成分分析えろすから派生した割にぬるくてすいませ\(^p^)/ |