眠るものなき石に向けて




 目覚めたとき、そこにはよく知った黄金色の瞳があった。
「ああ、目覚めたか」
「……C…C.」
 久々に震わせた喉に声がかすれた。
「俺は…」
「死んだ。そして再び新たな命を得たんだ。お前はルルーシュであってルルーシュではない。そうだな、L.L.でどうだ?私と揃いだ」
「……そう、だ、スザク、は」
「枢木スザクは死んだんだろう?“ゼロ”なら毎日世界中を駆けずり回ってるぞ」
「……そう、か…」




 一度“死んだ”というのはあながち嘘ではないらしかった。確かに“ルルーシュ”だったころの記憶はあるものの、それらはどこか遠く感じた。今“ルルーシュ”と呼ばれても、すぐには反応できないかもしれない。記憶の中の人物は自分であって自分ではない。そう、自分は永遠の時を生きる“L.L.”になったのだ。この記憶の仕組みはおそらく、コードを受け継ぎ、長い時間を生きることになるものを守る自己防衛システムなのだろう。生前の記憶や“自分”に囚われたままでは気の遠くなるような時間を生きてゆけない。
 それでも。スザクのことだけが。
「……俺は…生き残るつもりなんて」「なかった、か?」
 皮肉気に目をすがめ、C.C.が言葉を継いだ。
「明日が欲しかった俺が死に、死にたかったスザクが生きる。それが俺たちにとって平等な罰だったんだ。なのに、俺だけが生き残ったのではスザクに申し訳が立たない…!」
「なら、会いに行くか?“ゼロ”に」
「………いや、」
 たっぷりと間をおいて否定を口にする。あいつに会いに行く。それはとても甘美な選択肢ではあった。体力馬鹿なあいつに頭を使う政治は荷が重い部分もあるだろう。だがしかし。
「駄目だ。私を滅して生きることはスザク自身が望んだ罰でもあるんだ。俺が会いたいがためにあいつの罰の邪魔はできない」
「…そうか」



 **



 “枢木スザク”の名が刻まれた墓には花の一つも供えられてはいなかった。かつての日本国首相枢木ゲンブの嫡男。祖国に背を向けブリタニアの虐殺皇女の騎士を経てナイトオブラウンズへ。更にはラウンズをまとめていた皇帝位を簒奪した悪逆皇帝のもとナイトオブゼロに。彼の真意を知らないものにはただの裏切りの騎士にしか見えない。
 L.L.は寂しげな笑みを浮かべて手に持った花を石碑の横にそっと置いた。当然、彼はここに枢木スザクが眠っていないことを知っている。彼の肉体はまだ滅びてなどいないのだから。それでも、ここには彼の思い出の中のスザクが眠っている。本人に会いに行くことのかなわない今、L.L.は墓前に膝をついて静かに過去を思った。“ルルーシュ”だったころの彼の人生は我ながら波乱万丈だったと思う。20年に満たない人生を、それこそ風のように駆け抜けて終わった。その中で枢木スザクがそばにいた時間はとても短い。それなのに、“ルルーシュ”のなかでその存在は計り知れなく大きなものだった。
 本当は、罰を背負うのは自分だけでも良かった。それでも、あいつは幼い日に犯した罪に対する罰を求め続けていたから、だから、罰を与えた。
「なぁ、スザク…。もし、罰の重みに耐えられなくなったら。お前が自分を赦せる日が来たなら、………その日が“ゼロ”の終わりでいいんだ」
 ある程度の混乱期を抜ければ、英雄ゼロがいなくとも世界はおのずと動くようになるだろう。加えて、生き延びてしまった自分がいる。手段を選ばなければこの先も世界に干渉する方法はあるだろう。世界がかなしみを繰り返さないように。


「お前の罪は、本当はこれまでの人生で十分贖えているんだよ、………スザク」


 返らない返事を待つ必要はない。冷たい石碑に刻まれた名をなぞるように一度だけ撫でると立ち上がった。過去への墓参はもう終わりだ。もう永遠の生が新しく始まってしまったのだから。








(08.12.10)