どれだけの運命を超えればきみと一緒にいられますか


 拝啓、斎藤一さま

 お仕事お疲れ様です。斎藤さんが平助君や伊東さん達と一緒に屯所を出ていってからもうふたつ目の季節が過ぎていこうとしています。お元気ですか。
 夏祭りの夜にお会いしてから、あんな偶然がまた起きないかと周りを見る癖がついてしまいました。我ながら女々しくて、気づくたびに自分を叱咤するけれど、また次の日には同じことを繰り返してしまいます。この文だって、斎藤さんの目に触れることはないのに気づけば習慣になってしまっていました。江戸にいた頃、毎日のように父様に書いていたのを思い出します。
 父様。
 父様の代わりに斎藤さんにお手紙を書くようになった、こんな私は軽薄な娘なんだと思います。斎藤さんが知ったら失望されるでしょうか。あなたは、変わらないものを信じていると言っていたから。
 でも、あなたの目に触れることがない以上、これは私の日記のようなものなんです。あなたに話したいと思ったことが伝えられないまま増えていくので、せめて私だけは感じたことを忘れないよう、毎日したためている。そう信じています。

 夏が終わり、秋を迎え、風がまた少し冷たくなってきましたね。まだまだ蒸し暑い日もありますが、朝夕冷え込むようになりました。朝餉に温かいお味噌汁を作っていると、斎藤さんと一緒に勝手場に並んでお料理をしていた日のことを思い出します。何度も見ていたはずなのに、斎藤さんのこだわりのお味噌汁の味を私では再現できないのが悔しい。きっと斎藤さんのお味噌汁への真摯な気持ちがあってはじめて完成する味なんでしょう。最近のお味噌汁の具材は、もっぱら青物になりました。毎日お豆腐を使っていたのが嘘みたいです。そんな些細な部分でも、斎藤さんがいなくなってしまったことを噛み締めてしまいます。ご自分の志を追って前だけを向いて進み続けているあなたと、過去と今との違いばかりが目についてしまう私。こんな自分は嫌なのに、それでも変えることができずにいます。
 強くありたい。
 どんなときも振り返らず真っ直ぐに伸びたあなたの背中に憧れていました。そんな風に私もなりたかった。いえ、今でもなりたい。
 せめて、あなたが褒めてくれた小太刀の腕を失わないように、これを書き終えたら今日も素振りをしようと思います。今でも初めてあなたの鋭い太刀筋を受けた時の衝撃は忘れられません。あんな曇りのない研ぎ澄まされた太刀筋をいつか私も描ける日が来るのでしょうか。斎藤さんに見てもらえたら。
 夢をみるだけなら自由だから、そんな空想をする自分のことは受け入れいます。斎藤さんが知ったら、無謀なことを、と思われるでしょうか。愚にもつかぬことを。そんなことでもいいから、想像ではないあなたの言葉を聞けたなら――。

 少し書きすぎてしまいました。今日はそろそろおしまいにしておこうと思います。
 朝夕、暖かくして過ごされてくださいね。
雪村千鶴



 屯所を移るにあたって、手荷物の整理をしていたときに出てきた大量の手紙。宛名はあるけれど、その人の手に渡ることのない、行き場のない感情の吐き捨て場。捨てられずに持ってきたそれを読み返して、千鶴は頬が火照るのを感じた。
 まるで恋文。
 そのつもりもなく書いていたのが信じられない。当時の素直な気持ちをそのまま文字にしただけ。
 でも、だからこそ混じりけのない、ありのままの過去の自分がそこにはあった。
 生涯誰にも知られなくていい。
 ただ、自分だけが知っていれば。


「千鶴、いるか」
「はい」
「副長に団子をいただいたのだが、一緒にどうだ」
「是非!」
 新選組に復帰した斎藤さんの声を聞ける。そばにいられる。
 それだけで、とても幸せなことなのだと、今の千鶴にはわかるから。
 手紙の中の自分は心の奥に眠らせておくと誓った。



(2012.09.28)
斎藤さんの命日をスルーするわけにはいかないと頑張ってみたけどしょんぼりクオリティー