※時水ハルさんからいただいた相互記念イラストにつけたSSです。
時水さん宅の斎藤一家→はじめパパ・千鶴ママ・長男千雪くん、次男一流くん、末娘美鶴ちゃんから成る。詳しくは時水さん宅へGO!!





 定かな記憶というのは、いつ頃から残っているものなのだろう。
 美鶴は、大抵の子どもと同じように、幼い頃のことをそれほどよく覚えているわけではない。でも、気がつけば父や母が自分を抱いてくれていて、そんな自分たちの周りに兄たちがいたような気がする。常に誰かのぬくもりを感じていた。口に出していったことはないけれど、昔から家族で過ごす時間が好きだった。




しあわせの肖像





 末娘の美鶴は、まだまだ幼いながらも母である千鶴の後をちょこまかとついて歩いてはその手伝いをしようとする。自分に似て口数は多くないが、そのくりっとした目の大きさは千鶴譲りでとても愛らしく、その目で見上げられると意識せずに腕が動いて抱き上げてしまうのが日常だった。


 朝目覚めると、既に腕の中にはほんの少しのぬくもりが残るばかりで、妻の姿はなかった。千鶴は相変わらずよく働く。今日は一の仕事も休みなのだから、こんな日ぐらいはゆっくり寝ていてもいいものを、と苦笑を浮かべながら手早く身支度を整えると、飯の炊ける香ばしいにおいが漂ってくる勝手場へ向かった。
「おはよう、千鶴」
「あ、一さん!おはようございます。今日はすごくいいお天気ですね」
「そのようだな。風が随分秋らしくなった」
「はい!折角のいいお天気で一さんもお休みですし、今日はお弁当を持ってお出かけしようかと思うんですけど…どうですか?」
「秋の野遊びか。たまには外で弁当というのも悪くない」
「では、腕によりをかけてお弁当を作りますねっ」
 握り拳を作って笑う千鶴に、「では、俺も手伝おう」とたすきを掛けて隣に並ぶ。
 「一さんは折角のお休みなんですから、ゆっくりなさっていてください」という千鶴を「ふたりでやった方が早いだろう」と説き伏せ、盥につけてあった野菜を洗う。洗ったものを千鶴の指示に従って包丁で切る横で、彼女は鍋に水と調味料を入れてだしをとり、手際よく複数の品を準備していく。
「…こうしていると、京にいた頃を思い出すな」
「そうですね。毎日たくさん作って、皆さんでにぎやかに食べるのは楽しかったです」
「そうだな」
「沖田さんが作られたほうれん草のお浸しを皆さんが水洗いしていたのには驚きました」
「あれがあって以来、千鶴が食事当番に加わってくれたおかげで、すっかり舌が肥えてしまったな」
「ふふ、褒めてくださっても何も出ませんよ?」
「いや、本当だ。もう千鶴の飯でなければ満足できぬ身体になってしまった」
 手を止めて微笑むと、千鶴は頬を染めて「もう!一さん…!」と視線を泳がせている。
 可愛らしい反応に思わず手を伸ばそうとしたところで。
「あ、こら!美鶴!!」
 背後から声がして、次の瞬間には一の横をすり抜けて千鶴の着物の足元にすがりつく美鶴の姿があった。
 振り返れば、「あっちゃー」と額に手を当ててこちらを見ている一流と苦笑を浮かべる千雪がいる。
「お前たち、起きていたのか」
「あ、はい。おはようございます、父上」
 にこやかに挨拶をする千雪の隣で一流はあきれたように嘆息する。
「ったく、父上と母上もあきねぇよな…」
「こら!一流!」
 こそこそとやりとりする兄弟を尻目に、一は視線を千鶴に戻した。
「かあさま、みつるもおてつだい」
「ありがとう、美鶴。でも、今は大丈夫だから。――あ、そうそう。千雪に一流、今日はみんなでお弁当を持って野遊びに行くことにしたの。あなたたちも準備しておいてね」
「野遊びですか…。久しぶりですね」
「そうね。いいお天気だから外でご飯を食べるのも気持ちいいでしょう?」
「じゃあ、一流、準備に行くぞ。美鶴は――」
「みつる、おてつだいー」
 着物の裾を握って離そうとしない美鶴に千鶴が困ったように一を見る。それに頷き、美鶴を腕に抱きあげた。千雪と一流は黙って勝手場を出ていく。
「母様は美鶴の好きなあられ豆腐を作ってくれているゆえ、少し待て」
「…はい」
 しゅんと項垂れる美鶴に、千鶴は朝餉用の豆腐の味噌汁の鍋を見た。
「…そしたら、美鶴は父様と一緒にお味噌汁を混ぜてくれる?」
「はいっ」
 途端に嬉しそうに笑う娘にほっとして、千鶴はふろふき大根を蒸すかたわら、あられ豆腐を作る作業に戻った。美鶴は一の手に支えられながらお玉をそろそろと回して味噌汁を混ぜている。ちらりと横目で見れば、一と目が合って微笑みあった。

「うん、これでできたかな?」
 千鶴は鍋から揚げたてのあられ豆腐を一粒出して冷ましてから口に含む。思い通りの味に一つ頷くと、もう一粒取ってふぅふぅと息をかけて十分に冷めたことを確認してから「美鶴、食べてみて」と箸を差し出した。お玉から手を離した美鶴の口にあられ豆腐を放り込んでやり、もぐもぐと咀嚼するのを見守る。食べ終わった美鶴が「おいしい」というのを確認して次の料理に取り掛かろうとした。が、視線を感じて振り返ると、じーっと千鶴を見つめる一と目が合う。
「えっと…はじめ、さん…?」
「俺の分はないのか」
「え?」
「まだ美鶴と千鶴しか味見をしておらん」
 一の言にきょとんとしていた千鶴は、ようやく夫の言いたいことに気づいて破顔した。
「そうでしたね、ごめんなさい。――そしたら、お口を開けてくださいね、旦那さま?」
 ざるに上げて冷まされたあられ豆腐を一つつまむと一の口にも放り込む。
「――ん、美味いな」
「お口にあって何よりです」
 ふわりと微笑んだ妻はそそくさと料理に戻ってしまう。「あともう少しで準備できるので、居間で待っていてもらえますか?」との言葉に従い、美鶴を連れて厨を出た。
 縁側から覗く空は高く、遠く見渡す木々はもうしばらくすれば美しく色づくのだろう。久々の家族そろっての遠出に思いを馳せながら腰を折った。



 そして、月日は流れ――。
「一さん、今日の夕餉は全部美鶴が作ってくれたんですよ」
 仕事で遅くなる千雪と、用事で出かけている一流はおらず、今夜の夕餉は美鶴と両親の三人だけだ。こんな日くらいは、と母に代わって食事を作り、帰宅した父を出迎えて膳を並べる。三人で輪のように座り、「いただきます」と折り目正しく手をあわせてから食事に箸をつける父をじっと見ていると視線が合った。
「美鶴は千鶴に似て料理が上手いな」
 父のお墨付きをもらい、少しばかりあった緊張が緩む。と。
 父の大きな手が伸びてきて、ぽんぽん、と美鶴の頭を撫でた。見守る母の視線はあたたかくて、幼い頃から変わらない手のぬくもりがたまらなくしあわせで、なんだか目の前が潤んでしまった。

「ありがとう、父様、母様」



(2010.09.22)
偽者すぎる斎藤一家ですいません…!でもありったけの愛は込めたつもりです。はじめパパと美鶴ちゃんが書けてもう悔いはないです(笑)
改めまして、時水さん、相互リンクありがとうございました*^▽^*   秋穂もゆ@TSUYU
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