「ねぇ、ママ。サンタさんっているの?」 「そうね。良い子の所にはサンタさんが来てくれるのよ」 クリスマスを前に浮足立つ街の中。交わされる親子の会話に、千鶴は隣にいた斎藤を振り仰いだ。 「サンタさん、懐かしいですね」 「……」 「一さんの所には来なかったんですか?」 「一度だけだな」 「そう、なんですか……」 千鶴は幼い頃に母を亡くしている。けれど、代わりに父が忙しい仕事の合間を縫って千鶴との思い出作りをしてくれた。中学生になるまで、イブの夜にはサンタクロースがプレゼントを置いていってくれたものだ。同級生には驚かれたけれど、サンタクロースの存在もとても長い間信じて疑っていなかった。だから、千鶴にとって、クリスマスは大人になった今も温かな思い出がたくさん詰まった日なのだ。 だが、斎藤にはそれが殆どないようだった。斎藤自身は気にしている風ではなかったが、それでも千鶴は少しさびしいと思うのだ。サンタクロースでなくても、一緒にケーキを囲んだり、町のきれいなツリーを見に行ったりはできる。でも、クリスマスの朝の、ドキドキとした気持ちで目覚めるあの感覚は大切な思い出になると思うのだ。 早速、斎藤の欲しいものをそれとなく訊いてみたが、さらりと交わされてしまった。遠回しではダメかと、直截に訊いたところ「千鶴がそばにいてくれればそれでいい」と言うばかり。頭をひねり、何とか一つの案を導き出したときには、イブを迎えていた。 千鶴の作ったクリスマス特別ディナーと、斎藤が買って持ってきたブッシュ・ド・ノエルをゆっくりと味わい楽しむ。雰囲気を出そうと部屋の蛍光灯を消し、ろうそくの明かりで囲んだ机の向かい。満足げに料理を口に運ぶ斎藤の顔があたたかな橙に照らされていた。 「……どうした?」 「いえ、一さんと一緒に過ごせてるんだなぁって思って」 「そうか」 千鶴が斎藤と付き合い始めてまだ一年も経っていないが、週末は大抵どちらかのアパートで一緒に過ごしているから、ふたりで食卓を囲むことが珍しいわけではない。それでも、特別な「聖なる夜」を共有できるということは決して当たり前ではなくて、奇跡みたいなことだと思うのだ。 食事を終えると、ソファーでゆっくりとくつろぎながらプレゼント交換をした。千鶴が斎藤に渡した真っ白な手編みのマフラーは以前から準備していたもの。 「これで私とお揃いです」 にこりと破顔し斎藤を見ると、早速口元までマフラーを巻いた斎藤に腕の中へ閉じ込められた。常よりも体温の高い手が千鶴の指に絡められて、千鶴は目を閉じて身体を斎藤に預けた。 「一さん、今日は先に寝ていてください」 先に風呂を出た斎藤が「何故」と不満げにいうのを「今日だけですから、お願いします!」と頼み込んでなんとか納得させる。これからが計画の本番だ。第一段階を何とかクリアした千鶴は、ことさらにゆっくりと風呂を使った。身体を隅々まで洗い、入浴剤を入れた湯船でたっぷりと半身浴をしたところで風呂場を片付けた。 (一さん、もう寝たかな…?) 洗面所で身支度を整え、そろりと部屋へ戻る。細く開けた扉の隙間から様子を伺うと、電気は消され、布団はふくらんでいる。そろりそろりとベッドに近づき、目を閉じて眠っている斎藤を確認する。 起きる気配のない斎藤に、ほぅと息をつくと、千鶴は用意していたものを枕元に置いて、その腕の中へもぐりこんだ。 「……、」 千鶴が腕の中で寝息を立て始めたのを確認して、斎藤はうっすらと目を開けた。暗闇に慣れた斎藤の目には、真っ赤なベルベット生地に白いもこもこのついた帽子をかぶった千鶴がはっきりと見える。そろりと腕を動かせば、触れる手触りの良い生地から、布団の下には同様の服があることは明らかだった。 サンタクロースの衣装など、どこで調達してきたのだろう。布団をどけて見てみたいという衝動を何とかやり過ごし、甘えるように擦り寄ってきた千鶴をもう一度抱き込んでやる。ふわりと鼻腔を満たす千鶴の薫りに導かれるように眠りに落ちていった。 翌朝。 香ばしいパンの焼ける匂いとコーヒーの香りに目覚めると、腕の中に千鶴の姿がなかった。 周囲を見回せば、枕元にはかわいらしい封筒があり、開けてみると中からは「サンタクロース」からのラブレターが出てきた。 「メリークリスマス!」 寝室の扉を開いて立っていたのは、昨夜、まどろみの縁で垣間見た千鶴のサンタクロース姿。 ポンチョ風になった上着と、下は真っ赤なミニスカートの短い裾から白い雪肌の脚がすらりと伸びている。 トナカイ達に置いていかれて、帰れなくなっちゃいました――などと言って悪戯っぽく笑うサンタクロースの指には、昨夜斎藤が贈ったピンキーリングが光っている。 「では、今年からは俺だけのサンタクロースになるしかないな」 「喜んで!」 とらえた愛くるしいサンタクロースを味わうことから、クリスマスの朝は始まった。 (2011.12.25) メリーさいちづマス!!! |menu|
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