冴えざえと冷たくも美しい光が月下に舞う。
 こぼれ落ちそうな命を掬いあげられたとき、朱に染まった白刃は、しかし光を失うことなく夜闇に舞っている。
 ――風花舞うあの邂逅の夜から、千鶴の命は彼の手の中にあるのだと思う。




月冴ゆる夜半に舞う





 軟禁され、自由のない身は息が詰まる。障子を細く開ければ、初春のひんやりとした夜気が頬を撫でる。藍色の空には三日月が輝き、闇の色を仄かに薄めていた。
 千鶴は静かに行灯のもとへ立つと、あかりを消した。しばしの間をおき、目が闇に慣れると、再びそろりと窓際へ寄る。


 千鶴は医者の娘だ。怪我人を――ひいては、血を見ることには常人よりも耐性がある。
 しかし、目の前で血飛沫をあげて絶命する人を見たのは初めてだ。否応なく迫る死の腕。辛くも千鶴を救った太刀筋。突きつけられた刃。すべてが恐ろしかった。そして、忘れることもできない。
 幾度となく脳裏をよぎる邂逅の夜の記憶。

 と、そのとき。静寂(しじま)を断つ風切り音に意識が浮上した。

 ――月がふたつ。
 咄嗟にそう思った。刹那に生まれ、刹那に消える細い白銀(しろがね)の月。
 そらせなくなった視線は魅入られたように、地上を舞う月を追っていた。


「…………そこで何をしている」
 どれほどの時間が経っただろうか。唐突に掛けられた声に、千鶴はようやく銀月――白刃の振るい手を視界に入れた。
「斎…藤……さん、」
「こんな時間にまだ起きていたのか」
「……眠れないので、外の空気を吸おうと思って」
「…そうか」

 障子戸を開けて外に出ていたわけでもないためか、脱走を疑われたわけではなかったようだ。
「斎藤さんの剣は、冬の三日月みたいです。冷たくて、どこまでも澄んでいて、……きれい」
 空を見上げる千鶴の視線を追うように、斎藤もまた空に浮かぶ三日月を仰ぎ見た。
「…………そうか」
 それっきり黙した斎藤は、再び刀を振るい始めた。ひゅっ、と風を切って月明かりに白く舞う剣を、千鶴はいつまでも見ていた。


 こんなにもうつくしい月になら、命を奪われても惜しくはないような――。
 夜色をまとったかの人に救われた命はその光に酔い惑う。



(2010.07.09)
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