一度目は、怪我を負った手が差し出された。 「凛々蝶さま、お怪我はございませんか…?」 「怪我をしているのは君だ…!」 「ああ、失念しておりました。申し訳ありません。では左で……」 自分の身を顧みるということをしない双熾は、血の流れる右手を引いて左手を出そうとした。そんな彼の態度に裏があるように見えて、凛々蝶は素直に受け入れることができなかった。すると、双熾はためらいもなく凛々蝶の足へ忠誠のキスをしてみせたのだ。妖怪の姿でありながらもその手は血の通った温かさだったことが触れられた足を通して強く焼きついた。そんなことは、先祖返りである凛々蝶自身、とてもよく知っているはずのことだったのに。 そして――。 SSとしての仕事をしている間、双熾はぴったりと隙なくスーツを纏っている。それは、指先にまでいえることで、職務中の彼はいつも黒い手袋をつけている。 任務に忠実な彼は滅多にそれを外さないが、少し前に一度だけ人の姿のまま、素手で触れあう機会があった。 高校の入学式の後、懇親会で悪意の塊のような言葉を投げつけられていた凛々蝶を、SSとしての契約を解消していたにもかかわらず助けに来てくれた。凛々蝶は双熾にひどいことを言ってしまったのに、それでも彼は、悪態の裏にある繊細で傷つきやすい凛々蝶の本当の心を拾い上げてくれた。 だから今度は、今度こそは大切にしたい――。そう思って、改めて凛々蝶から自分のSSになってくれるよう依頼したのだ。 凛々蝶の差し出した手に、双熾が手袋を外して応じる。 「今度こそ、離れませんよ…?」 「うん」 「嘘ついたら針千本」 「望むところだ」 挑むように力を込めて絡めた指は、しかし、 「……僕が飲みます」 「え!?」 そんな予想外の双熾の言葉で離れてしまいそうになった。けれど、すかさず双熾の指が絡んで繋ぎとめられる。 「僕を、殺さないでくださいね?」 初めて絡めた指は凛々蝶のそれよりもずっと大きくてしっかりしていた。そして、人肌の温もりがふたりの間にあった隙間を埋めてくれるような気がした。 他でもない凛々蝶自身のために惜しげもなく情を向けてくれるひと。 そんなひとはこれまでいなかった。だから、どう接すればいいのかわからない。戸惑い、結局いつものように悪態をついてしまう凛々蝶にも双熾は笑って答えてくれる。 (彼に、きちんと報いたい) 以来、ことあるごとに不整脈に襲われるようになり、変わらず必要以上に世話を焼いてくる双熾の手にはめられた手袋に少しの物足りなさを感じるようになってしまった。悪態をついてしまうことと同じくらいままならぬ自分の心臓と感情を持て余してしまう。 「君は本当に器用だな。どうして手袋をはめたままでそんなにきれいに魚の骨が取れるんだ」 慣れてきてしまった過剰サービス中の彼の箸捌きを見るともなく見ていると、 「凛々蝶さまのお口に万が一魚の骨が刺さり、お怪我などされようものなら、僕はもう生きてはいられません…! そうならないよう、最善を尽くすのはSSとして当然のことです!」 持っていた箸を置き、凛々蝶の手を包むように持った彼はうるりと涙さえ浮かべて語った。こんなにも素直に感情を表せる彼が羨ましいと思う。そしてその一方で、手袋越しにほのかにしか伝わらない体温に少しの淋しさを感じてしまう。 (せっかく触れているのに…) 思いはしても、それを口にすることは憚られた。 「君は僕に冷えた食事を摂らせたいのか? そろそろ食べ始めたいのだが」 「申し訳ありません! ではどうぞお召し上がりください」 離れていく手は思惑通りのはずなのに、消えないもやもやを振り払うように食事に意識を集中した。 何かを言いたそうな、色の違う視線には気づかないまま。 (2012.02.22) アニメ3話ラストの指切りシーンの演出がものすごく好き!…というだけのお話。 |menu|
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