※いまさら1期25話後の捏造話。ルルーシュにとてもやさしくない暗いお話です。実はルルーシュの記憶改竄って最悪のパターンじゃなかったんじゃないの?っていうひどい妄想からきてます。でも一応スザルルです。歪んでるんです枢木の愛情(私の愛情もな…)
   → 合点承知!





































































「枢木スザクよ。お前はどうしてこやつをわしに売る?お前たちは友人なのであろう」
「……僕…いえ、私は友人だと信じていた彼に、嘘を吐かれました」
「…嘘、か」
 シャルル皇帝が目を細め、わずかにその冷たいばかりの瞳に感情がにじんだ。過去に思いを馳せるように。
「………はい。信じていたのに裏切られたから…私は、私の方法で彼への復讐を望みます」
 憎しみとそれ以外の感情が複雑に混じりあった瞳が闇色をまとうかつての友に向けられる。ことばもなくそれを見つめたシャルルはやがて厳かに許可の意をあらわす。
「では、お前の望む復讐とはいかようなものか」
「それは――――」






真 綿 の 檻







 目覚めたとき、視界に広がったのは見慣れた白い天井。カーテンの隙間から漏れる光が朝を告げる。何の変哲もない日常の幕開け。しかし、ゆっくりと覚醒していく意識が日常の皮を破る。おかしい。“日常”など訪れるはずのない朝。そう、意識を失う前、ルルーシュは確かにスザクの手によって憎むべきシャルル皇帝の前に突き出されたはずだったのだ。
 そのことに思い当たった瞬間、ルルーシュは跳ねるようにしてベッドから身を起こした。身にまとっているのは普段から使っているパジャマ。もしかして、あれは夢だったのではないかと錯覚するほどに日常の証ばかりが目についた。
「…そうだ、ナナリーは」
 手早く制服に着替え、部屋を飛び出す。これが本当の“日常”ならば、妹はダイニングルームで紅茶の香りとともにおはようございます、お兄さま、と柔らかい声音であいさつを投げかけてくれるはず。焦りを抑えられず、ばたばたと足音も高く階段をおりきると、目的の部屋がある。取っ手に手をかける前に、いったん目を閉じて深呼吸をした。
「ナナリー?」
 祈るようにして取っ手をまわす。抵抗もなく開く扉。しかし。


 扉の向こうに広がっていたのは“非日常”だった。望む姿は残滓さえ感じられない。


 ひゅ、と息をのむと、ルルーシュは駆け出した。もしかしたら。もしかしたら、先に学校に行ってしまっただけかもしれない。
(そうだ。きっと俺が眠り込んでいたから、起こさずに学校に行ったんだ)
 納得できない気持ちを無理やり抑え込んでひたすら走る。クラブハウスから学校までの距離はそれほど遠くもないのに進んでいないような錯覚に陥りながらも無心に足を動かした。




 登校する生徒が数人ずつ談笑しながら歩いていく。ルルーシュはその合間を縫うようにして走りぬける。と、そのとき、校舎の前によく見知った姿を見つけた。手にとればすんなりと馴染むはずのその持ち手。そして――やわらかく跳ねた髪とすっと伸びた背中。
「ナナリー!」
 叫びながら、妹の座る車いすまで駆け寄る。正面に回ってその肩に手を伸ばした。
「無事だったか?ナナリー!!」
「……え…と、……どなた…ですか?」
 絶句。ルルーシュが信じられないものを見るように、首を傾げたナナリーを見つめる。
「…あの、スザクさんはご存知ですか…?」
 戸惑いがちにスザクを見上げる妹の姿に、一時の自失から立ち戻り、その両肩を握って訴えた。
「ナナリー!どうしたんだ、俺だよ、ルルーシュだ!!」
「ル、ルー…シュ…さん?……すいません、どこでお会いしましたっけ…」
 震えた手が力を失う。代わりに、憎しみに燃える瞳がスザクを刺した。
「スザク…!!ナナリーに何をした!?」
「…何のことかな。僕は君とは初対面なんだけど…ルルーシュ、くん?」


「あらー?ナナリーにスザクくん!」
「あ、ミレイさん!おはようございます」
「会長、早いですね。もしかして生徒会の仕事ありましたっけ…」
「ないない!心配しなくても次の企画が思いつくまでは暇よ〜。それより、こんな美人どうしたのよスザクくん!」
 ミレイが面白そうに口の端をあげてルルーシュをちらりと見た。
「会長…?」
 ルルーシュが言葉を継ぐ前に威勢のいい声が飛んできた。
「あ!かいちょー!!」
「リヴァル!ほら」
 明らかに他人に向けられる奇異の視線。ルルーシュは言葉を失う。ルルーシュの記憶は何も変わらない。生まれてから今まで、悲しみも喜びもすべてを刻んできた脳はそのいずれをも鮮やかに覚えている。覚えていないのは――――。
「うっわ!すっげー美人じゃん!なになに、転校生?」
「でしょー?何やらスザクくんと関係あるみたいよ?」
「まじかよスザクー。どうしたんだ?」
「いや、僕も知らないよ。どうしてか僕たちのこと知ってるみたいだったけど…」


 覚えてないのは、周り。ルルーシュという個人を支え、つくりあげていた世界のほう。


「私は生徒会長のミレイ・アッシュフォード。あなた、名前は?クラスどこかわかる?」
「……ッ!!」


 どんなに自分の記憶が正しくても、世界が否定すればそれは偽りになる。正しいことが嘘で、嘘が正しい。すべてが反転する。一時の平穏の場所だった学園は、それでも日常の象徴としてルルーシュという個人を支えていた。なのに。悪意なき無邪気な言葉が、表情がルルーシュの胸をえぐっていく。


 絞り出す言葉も見つからない。妹だけでなく、生徒会の“仲間”だと信じていた者たちからも忘れられてしまう。シャーリーにギアスを使って自分を忘れさせた時とはまた違う。覚悟も心の準備もなく、不意に奪われた。
 踵を返し、走ってきた道を逃げるように走った。途中、誰かにぶつかって悲鳴が上がる。
「きゃ…!もう、誰なの?」
「シャーリー、大丈夫?」
「あ、うん!…にしても、スザクくん、あれ誰か知ってる?」
「いや」
「そっかー」
 遠ざかる背後で交わされる会話が遠く耳に届いた。
 ――ダレナノ?
 ――俺は。……ルルーシュ・ランペルージ?ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア?それとも…ゼロ?
 そうだ。俺は、ゼロ。黒の騎士団のリーダー。思い至り、人影がない場所まで辿り着いたところで携帯を取り出した。
 数回の呼び出し音。「…はい」「…扇か。私だ」「……誰だ…?」「いや、」
「カレン、私だ」「……あんた、だれ?」「…っ!」
「ディートハルト!騎士団はどうなった!?」「……どなたですか」
 似たようなやり取りを重ね、ついに悟る。学園だけではなく、世界のすべてがルルーシュとゼロという存在を忘れ去ったのだと。
 たとえどんなに偽りに満たされていようと、確かにルルーシュはこれまで生きてきた。それなのに、誰も覚えていない。この世界でルルーシュと過去を共有するものはなく、ルルーシュという存在は仮面をかぶった自身が示すように、世界にとって本当の「無」になってしまった。




 ぐらぐらとゆれる視界。自分という存在自体が過去を失って揺れる。覚束ない足取りでクラブハウスへの道をたどる。扉を開け、ホールに入ろうとした。
「今さらここへ戻ってきてどうするつもりなんだ?」
「…スザ、ク…、お前、やっぱり覚えて「忘れるわけないだろ?…ルルーシュ」
 スザクの腕がのび、ルルーシュの肩をつかむ。エントランスの壁に押しつけると、冷えた眼差しで問う。
「ねぇ…君さ、まさか、ナナリーが住んでるここにこれからも住むつもり?“赤の他人”なのに?」
「ここは俺のうちだ!ナナリーの記憶は…ナナリーだけじゃない、みんなの記憶はお前のせいで…!」
「君もやってきただろう?他人の記憶を理不尽に消す。信念を捻じ曲げる。命を無造作に奪う。……君に批難する権利はないよ」
 不意に、スザクの手の力が弱まり、とろけるように甘い声音が耳元でささやく。
「ねぇ…ルルーシュ。世界は君を忘れた。忘れられた世界に君の居場所はない。つらいだろう?だから、僕のところにおいでよ、“ルルーシュ”」
「ス…ザ、ク」
「ルルーシュ」
 スザクの握った手を振り払えない。
 すべての力を奪ってしまう柔らかい甘美さにこころが痺れてゆく。“ルルーシュ”の世界はやんわりと彼を腕にいざない、彼の新たな家となる場所へ誘った。









(きみがこれ以上何も奪わないよう、きみが誰にも奪われないよう、僕が、)










(08.12.26)