墓石に捧ぐ




 「ゼロ」の名をこの身に背負ってからいくつの季節が巡っただろう。一年に一度、彼の祥月命日に当たる日に一本ずつ増やしていた線香は、いつの間にか20本を超え、以来、増やすことをやめてしまっていた。ゼロとして世界中を奔走する過酷な日常が続き、かつて彼をして“体力馬鹿”と言わしめた身体をもってしてももう先が長くないことは自身が一番よくわかっていた。偶像としてのゼロが民の目の前で死ぬわけにはいかない。どこか、誰の目にもつかないところへ終焉の場所を求めなければならない。ゼロ亡きあとは、世界がおのずから回っていくよう、長年力を尽くしてきた。だから、もうこの身に与える「罰」はそろそろ終わりにしても良いのだと、思えるようになっていた。




「…ルルーシュ、僕はやっと僕を赦せるようになったよ」
 数十年前から変わらない、土を盛ったばかりの粗末な墓に向かって微笑みかける。数十年かけても、失われたルルーシュの遺骸が見つかることはなかった。彼を貫いた剣と、彼の願いを受け継いだ仮面ばかりが彼を思い出すよすがだった。線香から立ち昇る煙が闇色の空へと吸い込まれていく。目を閉じれば、蘇ってくる彼の声。かつてのような幻がささやく虚構のことばはきこえない。幻のささやく「大丈夫だよ、」ということばはもうずっと前にナナリーに返していた。彼が彼女に与えた慈しみ。他人を思って口にされたことばは決して自分のものにはならない。そこにこころが伴わないから。
 今、スザクの耳によみがえってくるのは彼がスザクのためだけに口にしたことば。万人にわかる甘美さはなくとも、それは確かに彼のやさしさで、慈しみだった。
「だから……僕も、そろそろ――――」


 言葉をつづけることなく、スザクは立ち上がった。そして、かつて幼き日に3人で登った長い長い階段の前で立ち止まった。ちょうど東では、はるか地平線に頭を出しかけた太陽の曙光が天に向かって伸び始めている。
「今日は、“僕”が死んだ日だね。僕は…そろそろかえろうと思うんだ、ルルーシュ」










 その日の夜、スザクは“ゼロ”の衣装の代わりに白い衣を身にまとって闇の中を歩いていた。仮面をかぶらずに外を歩くのは数十年ぶりだった。向かう先は“枢木スザク”の墓。
 ずっと参ることのなかったその場所は案の定、供物は何もなく、ただ風に吹きさらされて冷え冷えと石が横たわっているばかりだった。膝をつき、石碑に刻まれた名をゆっくりとなぞる。それは、“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”の騎士の名だ。
「僕は、ゼロとしての役目を終えたよ。だから、


 ――――ルルーシュの騎士・枢木スザクに戻ろうと思うんだ」


 隠し持ってきたゼロの仮面を墓石の横に置いて恭しく頭を垂れた。力が抜けそうになる身体を彼の剣で支えながら。














「…………スザ、ク…」
 夜闇の中、真っ赤な大輪の花を手にしたL.L.が目にしたのは、こうべを垂れた姿で微動だにしないかつての白の騎士。
 花を墓石に供えると、風に吹きさらされて冷たくなった身体を抱えて腕に背をもたれさせた。年月を経たその姿は、しかしかつての面差しを色濃く残しており、遠い日に並んで眠った日の姿に重なる。
「お前は、ようやく自分を赦せたのか」
 薄く開いた眼がぼんやりとルルーシュを見つめ、満足げに細められた。
「……イエス・ユア・マジェスティー」
 掠れた声がつむぎ、そのままゆるゆると瞼が閉ざされていく。L.L.の手がこの上ない慈しみを込めてその頬を撫でた。
「おやすみ。……わが騎士枢木スザク」










(08.12.26)