う つ ろ の



「何の写真見てるの?」
「…ああ、スザクか。美術の課題の彫刻だ」
「え……、そんな課題あったっけ?」
「しっかりしろよ、スザク。ミケランジェロの作品のいずれかを選んでその考察レポートを来週提出だ」
「聞いた覚えもない…教えてくれてありがと!」
「お前のことだからミケランジェロって言われてもよく知らないだろ。俺と同じ素材で書くか?」
「いいの!?助かるよルルーシュ…!!」
 目を輝かせて見つめてくるスザクにルルーシュは溜め息をつきながら、それでも口元に笑みをはいて答えたのだ。
「友達だからな」


 肩にもたれかかっていた重みが離れる。よろけた細い肢体はゆらゆらと歩を進め、間をおかずに斜面を転がり落ちていった。はかったかのように、彼の愛した妹の前に消えそうな命をさらしたルルーシュが遠い。十字を刻むこの赤は何。この仮面に遺った赤は何。
「お兄さま―――――――――――!!!」
 少しの距離がとても遠い。その先から悲鳴を上げるナナリーの姿をうつろに見つめる。ルルーシュに取りすがった彼女の姿がぶれた。ああ、そういえば、あの日、彼が見ていた写真はキリストの遺体を抱くマリアの姿だった。磔刑に処せられたキリストは、十字架からおろされたのちに聖母に抱かれる。ゼロの下した刃から離れた彼はナナリーに抱かれる。この腕は彼の命を刈るだけのもの。大切なものを抱く腕は残されていない。枢木スザクの腕ではないからか。


「へぇー、主題はピエタっていうんだ?真っ白なのに、すごくリアルに見えるものなんだね」
「そうだな。当時は彩色を施した彫刻は邪道だったらしい」
「そっか。これだけ精巧に作れたら確かに色はいらないかも」
 拡大されたマリアの表情を見つめながら、スザクはふと疑問を口にした。
「でも、遺体を抱いている割には悲痛な表情じゃないんだね」
「……そうだな」


 あの写真の像はリアルだと思った。でも、きっとルルーシュに取りすがったナナリーの姿にはかなわない。いくら立体的でも、そこに通う血の有無はいかんともしがたいからだ。
 今もう一度あの聖母を見たらどう感じるのだろうか。悲しみに歪んで見えるだろうか。あのとき、答えに間をおいた君には悲しみのマリアが見えたのだろうか。
 僕にはまだなかった苦しみを抱えたこころ。ああ、僕のいとおしんだこころがこの地を離れてしまう。英雄を求める声にその魂が力なくもたれてきたような感覚を右肩に覚えて、震えを噛み殺した。




(08.12.05)