※神話伝承ごった煮(竹取+羽衣+ギリシャ神話)おいしいとこどりにつき色々間違ってます
※いきなりクライマックス(書きたいとこだけ←)
※第二世代・ルルーシュ♀・悲恋










 その光景、きっと生涯忘れることはないだろう。
 ――僕は、この広い世界にたったひとりの僕の女神を見つけたのだから。



 ひらり、と目の端に捉えた光沢ある白。なんだろうか、と無意識に視線が揺れるそれを追った。風になびく布。そして、

 夜闇を照らす淡く紫がかった月。そよ風がすすきを撫でるさざめき。人目を忍ぶように水浴びをする光の乙女。あかるい月の光を浴び、彼女はしろがねのような輝きをもって僕の心を捕らえてしまった。
(僕の、女神)

 囚われた心のままに彼女の衣(風に翻っていたあの布だ)を隠してしまった僕に、沐浴を終えた彼女は岸にあがるなり動揺も明らかに問いすがってきた。私の衣を知りませんか、確かにあの樹の枝にかけていたはずなのです。あれがなければ国に帰れない、と。それに対して、自分が見たときにはそんな布はありませんでした。それよりも、あなたの国とはどこなのですか。すらすらと口をついて出た言葉に、見る間に力が抜け、膝を折ってしまった彼女に手を差し出し、家に招いた。
 帰る手段を失った彼女と共に過ごすうちに気持ちも通じたのか、うつくしい彼女は子をなした。彼女に似て濡れたような黒髪の男の子と僕に似て愛嬌たっぷりな女の子。黒髪の間、翠の瞳がきらめく。紫の瞳が柔らかな毛の下、屈託なくわらう。ルルとナナを見れば、僕は本当に彼女との間に宝を授かったのだと陶酔にも似た喜悦が胸を満たした。
 子どもたちが幼い間、ふたりにせがまれてはやや脚色を加えた僕と彼女の出逢いの話を寝物語として話してやった。
 それはそれはしあわせな日々だった。少なくとも、僕にとっては夢のようなしあわせが続いた。生いゆく子どもたちを見守る彼女の瞳はとてもやさしく、僕の名を呼ぶその声はとてもあたたかかったから。


 ルルは生いたつにつれ、母である彼女に似ていった。男ながら凛としたうつくしさは、見知らぬものに近寄りがたささえ感じさせる。そして、ナナは僕に似たやわらかい髪に加え、女の子らしい所作を身につけた。すみれ色をもつ目元は彼女に似て、目を細めると彼女のようだ。きっと、おとなになれば、ふたりとももっとうつくしくなるのだろう。
 そんな、続いていく未来を夢想するのことのゆるされたしあわせな日々に暗雲がたれこみ始めたのは夏の終わりだった。


 欠けては満ちる月を飽くことなく見続ける妻と娘。ルルを先に寝かしつけた僕は、ふたりのただならぬ様子に不安を覚え、そっと妻の肩に手をかけた。
「ルルーシュ」
 妻の名は、ルルーシュといった。初めて彼女の口がその名を紡いだとき、異国の名前のもつうつくしさに耳を奪われたことを思い出す。
「この頃、月ばかり見ているよね。どうかしたの?」
「…スザク、」
 ゆっくりと振り返った彼女の瞳が僕を映した。月の光が彼女を縁どり、しろがねに染める。緩慢に伸ばされた手が頬に触れ、何度も何度も僕の輪郭をなぞった。何かを言いかけた彼女の言葉を促したいのをこらえて、視線をそらさず見つめ続ける。すると、観念したかのように彼女はそっと目を伏せ、傍らにいるナナを抱き寄せた。
「次に月が満ちれば、この子も七つ」
「そうだね」
「――スザクには、本当のことを話さなければならない。ずっと先延ばしにしてきたんだが…もう、そういうわけにもいかなくなってしまった」
「本当の…こと?」
「ああ」
 そこで、ルルーシュは自分の座っていた縁側の横にずれ、僕にも座るよう促した。
「スザクに初めて出会った日、衣をなくしてしまって国に帰れない、と私がいったのを覚えているか?」
「、うん」
(忘れもしない、衝動的に隠してしまった彼女の衣は今も蔵の奥に眠っている)
「私は、月の国からきた、人ならざるものだ」
 人ならざるもの。突然の告白にも、僕はどこか納得するばかりで驚きはなかった。視線で続きを促す。
「私は、月の国のレテという川を司っている。この川の水を飲むと、過去を忘れてしまう忘却の川だ。月の国の住人たちは月の満ちた日にだけ、この国に降りてこられる。私も、この国の澄んだ水に惹かれてあの場所に降り立ったんだ」
 僕の脳裏には、あの日の神々しいばかりのうつくしさで月下に立った彼女の姿がよみがえる。彼女は本当に女神、だったのだ。
「お前のやさしさに、全身がしびれるようなしあわせを初めて感じたよ。子どもたちはとてもかわいい。だから、衣のことに気付いても、ずっと一緒に生きていきたいと思っていた」
「…え……?」
 そこで彼女は一息つき、まさに慈愛と呼ぶにふさわしい微笑みをたたえて僕を見た。
「知っていたよ、お前が私を引きとめるために衣を隠してしまったこと。そして、私を心からあいしてくれたことも。…もっとも、衣のことに気づいたのは子どもたちが生まれて間もない頃のことだったが」
 あまりにやさしい彼女の断罪と寛恕に、隠し続けてきた罪の意識があぶりだされる。目の裏が熱くなって、堪えきれずにしずくが頬を伝った。白くて細い彼女の手を取りこうべを垂れる。
「っ、ごめん、僕のせいできみは…!」
「良いといっただろう?とっくにお前のことは赦していたよ。でなければ、気づいた時点で国へ帰っていた」
 溢れたものを拭う指はやさしくたおやか。なのに、どこかで距離を感じてしまう。
「ナナはスザクの子。同時に私の――月の国の者の血をひく娘。七つの年を数えたとき、月があの子を呼びよせる」
「よび、よせる…?」
 どういうことなのか。要領を得ずに彼女の発する言葉をなぞった。
「次に月が満ちれば、あの子は丁度七つ。月の国からあの子と私を迎える使者がやってくる」
 それはちょうど、ひと月先。僕と彼女が巡りあった季節。秋。
「そ、れは…逃れる術は…」
 かすれる声で問う。どうか希望を。
 しかし、ルルーシュは悲しげに目を伏せ、首を振る。否定だった。逃れようなく、月が彼らを連れていく。僕のあいしたふたつのたましい。
「じ、じゃあ、ルルは?あの子もきみの血を引いてる」
「ルルは男の子だから、月の国には行けない。あの国の住人は女だけだ」
「そんな…あんなに仲のいいふたりを引き裂くなんて…。それに、僕はまだまだきみといたい!ルルーシュと一緒に生きていきたいんだ…!!」
「ありがとう。私も…そう、思っているよ」
 再び止まらなくなった涙を、彼女はいつまでも拭い続けてくれた。あと、ひと月。




 これほどまでに、月が満ちてゆくことを厭わしく思ったことはなかった。変わらぬ日々を続けようとする彼女になんとか変わらぬ態度で愛情を注ぐ。
 そして、――月が満ちる。

 共に食事をし、彼女が慣例通りに作った団子を咀嚼する。何も知らないはずのルルまでもが、神妙に団子を味わっていた。沈黙。

「――そろそろ、だな」

 恐れていた言葉。跳ねた肩を見逃さず、ルルーシュが隣りにやってくる。そっと腰を下ろすと、ゆっくりと僕とルルの背中を撫でた。
「ルル。ちゃんとお父さんのいうことを聞いて立派な大人になるんだよ」
「…かあ、さん……?」
「スザクも。ルルは私のかわいい宝物。よろしく…頼んだから、」


 それからのことは、夢を見ているようだった。吹き過ぎた風がすすきを揺らすいつかの湖畔。月からおりてくる、壮麗な乗り物。言葉を発することすらためらうような神聖な空気が辺りを満たし、握ったルルーシュの手を離せずにいた。この手を離さなければ、僕は大切なひとをとどまらせることができるだろうか。
「……スザク、」
「…」
「スザク、この水を」
 握りしめていたはずなのに、やんわりとほどかれてしまったルルーシュの両の掌が何かを掬うように差し出された。見る間に湛えられていくとうめいな水。嫌な、予感がする。いやいや、と幼い子どものようにこうべを振ると、彼女は困ったように僕を見た。こまらせたい、こまらせたくない。矛盾する心にさいなまれ、しかし結局はそのたおやかな手の中、月を映した水に口をつけた。
「ルルも」
 戸惑いを隠せない息子に、母はこの上なくやさしい微笑みと共に手を差し出す。ためらい、僕を見るルルにひとつだけ頷いた。水がまだ細い子どもの喉をこくりと落ちていく。
 それを見届けたルルーシュは複雑そうな表情で笑い、最後の言葉を僕らにのこす。
「わすれないで。私はお前たちをずっとずっと、心からあいしてる。わすれないで、」 

――わたしを。

 白い頬を伝っていく銀色にひかるものを、この上なくうつくしいと、思った。拭ってあげたかったけれど、身体は動こうとはしなかった。




      





「父さん」
「ん?」
「ぼくの母さんは?」
「……僕は家の前で眠っていた小さなルルを見つけた、って話は覚えてる?」
「うん」
「だから、残念だけど僕もルルのお母さんには会ったことがないんだ。…でも、きっとすごく、きれいなひとなんだと思う」
「いつか会えるかな…。ぼく、まあるいお月様を見てると、すごく、かなしくなるんだ」
「僕も、だよ。どうしてだろうね」

いつかも見たような、淡く紫がかった月ばかりがふたりを照らす。
(誰かの瞳、みたい)




(09.10.03//月を見上げるたびに、ないはずの記憶が疼くのです//中秋名月の夜に)