![]() 「今日の予定はこれで終わりです、シュナイゼル兄上」 「ああ、そのようだね。どうだい?ルルーシュも疲れただろう。いくら友好的な関係とはいっても、政治に腹の探り合いは欠かせないからね」 「シュナイゼル、それはお前と話しているときも同じようなものだろう?」 「C.C.…私はかわいい弟に探られて困るような腹は持っていないつもりなのだがね」 「ふ、口がよくまわるところ、お前たち兄弟は実によく似ているよ」 会食を終えたシュナイゼルが正装から略装へ着替えるために私室へと向かうのに同行しているのは、彼の異母弟であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。その才知を買われて兄の補佐官として働いている。そして、そのふたりの会話に背後から割り込んできたのがC.C.。ルルーシュの母、マリアンヌの友人兼お目付け役であり、皇帝ともよく知った仲である。マリアンヌ、C.C.ともに枠にはまらない性格の持ち主で、「お前がお目付け役など、何かの間違いだ!お前にもお目付け役が必要なんじゃないのか」とよくこぼしているのがルルーシュだ。 「C.C.、母上はどうしたんだ?お前は一応それでも母上のお目付け役なんだろう。単独行動はよくないな」 「ふむ。折角お前の兄を諌めてやっていたというのに。…まあ良い。当のマリアンヌがお前を呼んで来いとのことだ」 「マリアンヌ殿がルルーシュを?」 「そうだ。そういうわけだから、お前のかわいい弟とやらを借りるぞ?」 「なるほど。マリアンヌ殿のお召しとあらば逆らうわけにもいかないね。ルルーシュ、今日はご苦労。部屋へ下がってゆっくりすると良い」 「…わかりました。明日の視察の件は、先ほどお知らせしたとおりです」 「わかった。では、また明日」 「はい。失礼します」 一礼し、シュナイゼルが背を向けたのを確認すると、ルルーシュはC.C.と共に歩きだした。 「…で、母上の用件は?」 「さあな。マリアンヌから直接聞けば良いだろう」 赤い絨毯が靴音を吸収し、廊下にはわずかに衣擦れの音が響くばかりだ。さすがは国賓のための館といったところだろうか。暖色の光を落とすろうそくを模した明かりのもと、隣りを歩くC.C.を見たが、彼女はまっすぐに前を見たまま横を振り返る様子がなかった。彼女から答えを引き出すことをあきらめ、ルルーシュはひとつ溜め息をつくとおとなしく母マリアンヌのために用意された私室へと向かった。 「失礼します、母上」 「あら、ルルーシュ。いらっしゃい。今日は疲れたでしょう?御苦労さま」 「いえ。…ところで、用件は何ですか?確か、母上とC.C.は別件で日本にいらしたと聞いていますが」 「ええ、その通りよ。でもね、ルルーシュ。今日は、あなたのお母さんとして、ひとつアドバイスをあげようと思って」 「アドバイス…?」 若くうつくしい母は、ルルーシュの前に歩み寄ると、息子のまっすぐのびた艶やかな黒髪を一撫でした。 「私の自慢の息子、ルルーシュ。あなたはとても聡明だわ。でも…いいこと?その国に生きる人々のことを知るには、書物を読んでいるばかりではダメよ。実際に自分の目で確かめるのが一番なの」 「それは知っています。ですから、明日は兄上と一緒に視察をする予定です」 「視察…ねぇ…。確かにそれもひとつの手段だわ。でも、国賓として招かれた先で、普通の人々の生活が見えるのかしら?国を支えているのは、一握りの上層部の人間ではなく、その他大勢の一般の民なのよ」 「……」 母の言葉に、考え込む息子を見てマリアンヌは目を細めた。きっと彼ならばわかっていたのだ。でも、彼にはブリタニアという大国の一皇子としての身分がある。シュナイゼルの補佐官としての役目がある。しがらみに絡めとられていては、自由に動くこともままならない。 (我が息子ながら、生真面目すぎるところがあるのよねぇ…。いったい誰に似たのかしら) マリアンヌは、脳裏に夫、シャルルを思い浮かべるとふふ、と笑った。見た目は違っても、やはり父子か。 「…母上……?」 「いえ、何もないわ。そうね…母さんが頑張ってる息子のためにミルクティーでも淹れてくるわ!」 「だ、そうだ。突っ立ってないで座ったらどうだ?ルルーシュ」 既に椅子に腰をおろしてくつろいだ様子のC.C.がいう。優美な曲線を描く猫脚の椅子は全部で四つ。ルルーシュはおとなしくクッションのきいた椅子に腰をおろした。 まもなく戻ってきたマリアンヌは、たっぷりミルクの入ったミルクティーをルルーシュの前に置いて、その隣りに腰かける。 「あなたにこうして紅茶を淹れるのも久しぶりねー」 「…そうですね。お互い、色々と仕事がありますし」 「ナナリーにもしばらく会えてないわ…」 「ナナリーなら、日本に来る前に一緒に食事をしました。留学に向けた準備でなかなか忙しいようですが、楽しそうでしたよ」 「そう。それなら良いわ!」 にこにこと、ルルーシュがミルクティーを飲むさまを眺めながら話すマリアンヌをちらりと横目で見ると、C.C.は時計を見た。午後8時半。 「ルルーシュ。ちょっと外で散歩するから付き合え」 「…お前ひとりで行ってきたらどうなんだ?」 「お前、マリアンヌの言っていたことを聞いてなかったのか?一般の民の生活を見るいい機会じゃないか」 「、それは…」 「C.C.、是非ルルーシュを連れて行ってやって頂戴!この子、一人だったら絶対外に出ないもの」 「母上…!」 「よし、わかった。私が責任を持ってルルーシュを連れ出してやるよ」 マリアンヌがルルーシュにコートを羽織らせ、マフラーをぐるぐると巻きつける。半ば押しつけるようにして手袋も持たせると、ちら、とC.C.と視線を交わす。C.C.が頷くと、ひらりと手を振り、手をひかれて出てゆく息子と目付け役の背を見送った。日本滞在、一日目の夜。 大学のゼミの飲み会を終え、家の前まで帰り着いた枢木スザクは、下宿の前でひとり、眠りこける見知らぬ人間を前に立ちつくしていた。 「……えぇと、このひと…誰…?」 服装はなかなか重装備のようだが、最近は秋とはいえ朝夕は冷え込む。(ホームレス……?)にしては、良い身なりで、本人もこぎれい。薄闇の中でも、白い肌が浮き上がるようで、(…きれいな、ひと) 「風邪ひいちゃうといけないし…とりあえず、連れて入ろう」 ドアの前を占領する麗人の肩に手をまわして立たせると、鍵を開けて部屋に運び込んだ。時刻は午後11時。 (09.12.14) |