しあわせかぞくけいかく









「家族といったらやっぱりみんなで顔を突き合わせてご飯よね!」
「妻のあたたかい手料理…悪くないな」
「よぉし!そしたら今日は家族記念日!腕によりをかけて料理するわ!!」
 腕の袖をまくって台所に向かうマリアンヌに続いてルルーシュも台所に向かった。
「母さん一人で5人分はきついだろ?俺も手伝う」
「ありがと、ルルーシュ。あなた、将来いい主夫になれるわね」
「…ナナリーとロロの食事を作ってたから癖になってるだけです」
「ナナリーはお料理しないの?」
「火でやけどしたり包丁で手を切ったりしたら危ない」
「……過保護ねぇ…」
「……」
 頬に手を添えて首をかしげるマリアンヌを無視してルルーシュは買いだしてきた食材を吟味しだした。
「…あ。イチゴ」
「ふふ、ルルーシュは昔から好きよねぇ?」
「べ、別に特に好きなわけじゃ」
「照れない照れない」
 齢12でまだまだ成長途中の息子の頭をポンポンと叩くとむすっとされてしまった。
「さ、はやく作らないと夜になっちゃうわ」
 野菜を洗い、鍋に火をかけ始めると、ルルーシュは無言で野菜を水からあげて包丁を手に軽快に切り始めた。包丁の音と鍋から漂う夕飯の香り。一緒に遊んでいた友達が誘われるように帰っていった夕暮れどき。どこかなつかしい気持ちになって、少しだけ鼻の奥がつんとした。




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 それ以来、ルルーシュとマリアンヌが並んで台所に立つのが日課になった。その日によってはナナリーやロロも兄と並んで手伝いをする。当初、ルルーシュは反対したのだが、「ナナリーもロロもお料理くらいできないと将来困るでしょ?」とのマリアンヌの発言で返す言葉を失った。どんなにかわいい妹も弟も、いつかは別の家族をつくって離れてしまうものだ。それくらいはわかっている。
「今日はあっつあつのグラタンを焼くわよー!」
「グラタン?」
「ロロは食べたことないのか?」
「うん。兄さんも今まで作ってくれたことなかったよね」
「そうだったな。グラタンは高カロリーだし、熱くて食べるのに口の中をやけどしても危ないから作らなかったんだ」
「………ルルーシュは本当にロロ達のおかあさんをやってたのね…」
 しみじみと述懐するマリアンヌに「ほっといてくれ!」と一言だけはいてホワイトソースの準備を始めた。鍋で作るホワイトソースは焦がさないように慎重にしなければならない。
「兄さんはなんでも作れるんだね」
「一通りは、な」
 仲の良い兄弟ふたりを目を細めて見つめながら、マリアンヌも目元を緩めるのだった。




「グラタンにワイン。至上の組み合わせだ」
「お父さま、お酒お好きだったんですね」
「ん?ナナリー。お前も気になるか?ワインの味が」
「え!」
 ナナリーが隠せない好奇心を見せると、上機嫌のシャルルが透きとおる薄紅色の液体が入ったグラスをナナリーのほうへ差し出した。
「父上!!」
「なんだルルーシュ。ワインの一杯くらい」
 腕をナナリーの前に出してワイングラスから遠ざける。
「何をばかなことを!わかってるんですか、父上。ナナリーはまだ9歳だ」
「では、ロロよ。ナナリーの代わりに「ロロもまだ10歳です!」
 シャルルは見るからにおもしろくなさそうに差し出していたワインを手元に戻し、ちびりと自分の口へ運んだ。
「母さん!母さんからも父上に何とか言ってください。飲酒年齢の半分にも満たない子供に向かって…!」
「まあまあ、ルルーシュ。シャルルもこうしてみんなで食卓を囲めるのがうれしくて仕方ないのよ。許してあげて?」


「………ちょっと待て、ルルーシュ」
 不穏な沈黙の後、低く空気が震えた。
「なんですか」
「もう一度わしを呼んでみよ」
「…なぜ」
「呼べ」
「……父、上…?」
「次にマリアンヌのことを呼べ」
「はぁ?」
「早く!」
「…母さん」
「それだぁぁ!!なぜマリアンヌだけが“母さん”でわしは“父上”なのだ!!」
 バン!と机をたたき、勢いよく立ちあがるとルルーシュの座る椅子の前まで回り、ずずっと額を突き出す。一歩頭を引くルルーシュ。さらに詰め寄るシャルル。
「そ…れ…、は、」
「シャルル。今まで家族として過ごす時間がなかったんですもの。仕方ないわ」
「黙れマリアーンヌ!これはわしとルルーシュの問題だ。大体、ナナリーはわしとマリアンヌを等しく“お父さま、お母さま”と呼ぶではないか!なのにルルーシュ、お前は…」
 ルルーシュの胸元を鷲掴みにしてすごむシャルルにルルーシュは完全に圧倒されている。言葉を発する余裕もない。
「ちょ、兄さん…!シャルルさんももう兄さんを許してあげてください!これから改めれば良いじゃないですか!」
 じろり、とシャルルの視線がロロへと滑る。険しく瞳が細められ、荒い鼻息が漏れる。
「ロォーロー。“シャルルさん”だと…?家族にさん付けなど…言語道断だ!!」
「…あら、そういえば。私のこともいまだに“マリアンヌさん”って呼ぶわよね、ロロ。それって確かに他人行儀じゃなぁい?」
「聞いたか?ロロ。マリアンヌもこう言っている。わしらとお前はもう家族なんだかぞく!父、母、と呼ぶのが普通であろう」
 ルルーシュとシャルルの間で始まったちいさな問答はいつの間にやらマリアンヌとシャルルvsルルーシュとロロの様相を呈していた。ちなみに戦況は圧倒的に前者が優位。
 立ち上がっている大人二人に囲まれてたじたじとする二人の兄に、ナナリーは朗らかに告げた。
「お兄さまたち?早くお母さまとお父さまの望み通りの形で呼んで差し上げたらいいんじゃないですか?」


「父さん!!これからちゃんと父さんって呼びます!!」「お父さんお母さん今までごめんなさい!!」


 半ば悲鳴のように告げられた呼称にシャルルとマリアンヌは大きく頷いた。
「よしよし、それでいいわ!」
「これで家族の体裁が整ったというものだ」
 二人は元の自分の席に戻り、満足げにワイングラスを傾けあい始めたのだった。






些細なことが大事件!








「お兄さまたちはああいうところで不器用ですよね」
「……でも、お前のおかげで助かったよナナリー」
「本当、ナナリーはお父さんたちのことをよくわかってるね」
「だって、おふたりともとっても単純なんですもの!」
「………そうか」










(08.12.06//TV)