「もうすぐ大学入試のシーズンだね」 夕食を作っていたロロが隣りに立つルルーシュに話しかけた。 「…そうだな」 「兄さんはどこの大学を受けるの?」 「それは……」 ルルーシュは気まずげに視線を逸らし、黙り込んだ。 「…そんなに隠さないとまずいところなの?」 「いや、そうじゃなくて……「ルルーシュは万一失敗したときに恥ずかしいから言いたくないんだよね?」 唐突に、夕食を一緒にとる約束をしていたスザクが割り込んできた。にっこりと笑うスザクに、ルルーシュは助かったとばかりに頷く。 「そうなんだ!恥ずかしいことに、な」 「兄さんなら失敗するなんてありえないのに…」 「お兄さまは昔からプライドが高いですもんね」 「ナナリー」 「でも、お兄さまらしいと思います。がんばってくださいね!」 ルルーシュは「ああ、がんばるよ。ありがとう」と口にのせながらも視線をそらしてしまう。 (ナナリー、ロロ、嘘をついてすまない…!) 事の始まりは数か月前にさかのぼる。目の前に迫った期末試験の勉強をスザクと一緒にやっていたとき、何気なくスザクに問われたのだ。 「ルルーシュはどこの大学に行くの?」 「それなんだが……」 ルルーシュはその頃、進路をどうすべきか迷っていた。なにも考えなくても、エスカレーター式のアッシュフォード学園の大学には進める。しかし、そのままではダメなような、根拠のない漠然としたもやもやがあった。 「…迷ってるんだ。このままアッシュフォードに残ってもいいんだが、それでは」「面白くない?」 そう。毎日、これ以上ないほどに平凡で、それはとてもしあわせなことのはずだった。小さいころにはなかったあたたかい家庭がごく当たり前のものとして今まで続いてる。ルルーシュと、ロロとナナリーと、そして父さんと母さん。それからよく一緒に食事をとったり出かけたりするスザク。12歳のあの日、突然本国からやってきた父母との家族生活ははじめこそぎこちなさがあったものの、流れる年月が潤滑油となってとても自然になっていた。(それだけでなく、母たちの突拍子のないパワーによるところも大きかったが。) そんな、絵に描いたようなしあわせの場所から遠ざかることを自ら望むことはいけないことなのかもしれない。でも、このままでは自分の世界が閉じたものになってしまうような、そんな気がしていた。アッシュフォードで過ごした小中高時代はとても平和だったけれど、あの空間は一種閉鎖的で、それはこの世のすべてではないはずだった。 「実はね、僕も迷ってるんだ」 自分の思考に沈みかけていたルルーシュの耳に、スザクの沈んだ声が響く。え?と顔をあげると、窓から差し込む西日の中、手に持っていたシャーペンを置いたスザクの真剣なまなざしがあった。 「父さんが、来年からは京都に戻ってあっちの大学に通えって言ってきてるんだ。そろそろ父さんの仕事のこととかも学んでいかないと駄目だろうって」 「そう…だったのか。なら、迷う余地はないんじゃないのか?」 「だって、そうしたら……ルルーシュたちと一緒にいられなくなるじゃないか!!」 がた、と音を立てて椅子から立ちあがったスザクの激しさを孕んだ言葉にのまれた。穏やかな翡翠の色が常よりも鋭さを増してルルーシュを射る。 「………」 目をそらせずに、でも返すべき言葉も見つからない。ひどく口の中が渇いていた。 「ス、ザ「ねぇ。こういうのはどうだろう?」 机を挟んで向かい合っていたスザクが机を迂回してルルーシュの前に立った。 「ルルーシュも京都においでよ。新しい場所で新しい世界を見るのも大事だと思う。それはルルーシュの将来のためにもなると思うし。それに……」 「それに、なんだ?」 「前々から思ってたんだけど、そろそろロロやナナリーも兄離れしないといけないんじゃないかな?」 突然でた最愛の弟妹の名に虚を突かれた。 「兄…ばな…れ?」 「そう。ルルーシュも、そろそろ弟妹離れしたほうがいいと思うよ。大学入学はちょうどいい機会じゃない?下宿してひとりだちの準備をするんだ!」 うんうん、我ながら名案だ!と先ほどまでの真剣さを霧散させたスザクがにこにこと笑っている。 「ね、ルルーシュ、いいでしょ?僕と一緒にキャンパスライフイン京都!!」 勢いにのまれたまま、頷いてしまうルルーシュ。 「ロロは絶対に止めるだろうし、みんなには言っちゃ駄目だよ?僕たちの秘密だからね!」 スザクはうれしそうにルルーシュの手を取り、勝手に小指をからめて指切りをしたのだった。 そうして家族に受験校をひた隠しにしたまま迎えた冬。放任の父母が特に何も言ってこないのをいいことにここまで来たものの、このままだときっと合格発表後に発表そして阿鼻叫喚の嵐という筋書きは避けられそうにない。いやしかし、これもかわいいかわいいロロとナナリーのため!なのだ(スザクいわく)。もう高校1年生と中学3年生。来年はふたりとも高校生だ。いつまでも兄である自分を頼りすぎていては、将来が心配だ。これも愛。二人を大切に思うが故の行動! ルルーシュは涙をのんでこぶしを握りしめた。そんなルルーシュの前では出来上がった鍋をロロが食卓に運び、ナナリーが父さんを呼びに行っている。 煮え立つ湯気の向こうで、穏やかにロロが呼んでいる。 「さ、食べようか」 「うん!」 穏やか過ぎる夕餉のひとこま。あとすこしだけ、この時間をかけがえのないものとして慈しんでいきたい。
日常をのせた食卓の果て そして3月。 「兄さん、どうして今まで言ってくれなかったの!そんなに僕たちと生活するのが嫌だった!?」 「そうですお兄さま!!大学生活は4年もあるんです、長いんです!そんなに私たちから離れたかったなんて…」 「いや、違うんだロロ、ナナリー!俺はお前たちのためを思って」 「僕たちのことを思うならずっと東京にいてくれればよかったんだ!!」 「それだといつまでたってもお前たちが自立できないからってスザクが…!!」 ――!!! 「「スザクさん!?」」 「ごめんねナナリー、ロロ。君たちは二人だけど、僕は京都で一人になっちゃうから…ルルーシュは借りていくよ!4年の間にしっかりお兄さん離れしといて!!」 (09.01.03) |