わたしは長い間ずっと盲目でした。でも、あの頃本当に大切なものを間違えたりはしませんでした。遠く離れていても、大切なものを見失ったりはしませんでした。わたしにとっての大切なもの。大切なひと。それは世界でただ一人、兄を除いてほかにはいませんでした。いいえ、まったくいなかったわけではありません。盲目になってから何人もの尊く思う人たちに出会ってきました。それでも、みんなみんな、兄という盤石なる存在の上に派生して出てきた関係だったのです。まさしく、わたしにとっての兄はせかい、そのものだったのです。









         









 悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしてわたしの前に兄が立ったあの日、わたしはひかりを取り戻しました。まぶゆすぎる世界にたった兄は見違えるほどに成長し、記憶にある姿よりもはるかに美しさを増していました。しかし、まばゆさに眩む瞳は大切なものを間違ってしまったのです。ひかりのかわりに、わたしは本当に大切なものを失ってしまいました。わたしにとってのせかいを、失ってしまいました。









 ゼロのマントに溶ける黒は真昼に夜を連れてきました。風のような速さで吹き抜け、気づいた時には兄の纏う白は凄惨な赤に染まっていました。風に乗って吹き下りてきた血臭は、よく知る兄の香りを少しだけともなっていて。その時、わたしは本当の意味でひかりを取り戻しました。わたしの前まで滑り落ちてきた兄の手に触れると、自然に頭の中で兄の過去が明滅したのです。わたしよりもずっと深い覚悟を持って世界を愛した兄のこころが。流れ込むそれはまごうことなくわたしのせかいであった兄のものでした。見失っていたものに気づくのが遅すぎたのです。失われゆく体温。
 長い間、わたしの中の兄の姿は、ひかりを失っていなかった幼少のころのものでした。幼さの中に冷たさを備えた利発そうな兄の顔。取り戻した目で見た兄の現在の姿はただただうつくしさばかりが先立って、他のものが見えていませんでした。わたしは成長した本当の兄の顔を知らないままに永遠にこのひとを失ってしまった!


 涙に曇る視界の先にはわたしに夜を運んできた「ゼロ」の姿。あの仮面の下にはスザクさんの顔がある。でも、わたしは、わたしと兄が幼いころに心を開き、大切だと思った「スザクさん」の顔を見たことがありません。「ゼロ」になったスザクさんはもうあの仮面を外すことはないのでしょう。だから、わたしは一生「枢木スザク」の本当の素顔を知ることはありません。でも。でも、今度こそは。
 見えることで失ってしまった兄。
 見たいと望んでも見えないスザクさん。
 この先、この命の続く限り、ひかりに惑わされることなくあのひとの、そして世界の真実を見極めていきたいと思うのです。わたしに残されたせかいはもはや、兄ではなく、容赦なく移り変わっていくこの眩しい光の下に広がるすべてだけなのですから。










(08.12.06//ある朝わたしは目覚め、そして知ったの)