奇跡はそう簡単には起きない。結局、今学期の授業でルルーシュと時間割が被ったのは3日だけ。しかしお昼を挟んで被っている月曜日は4時間目もかぶっていたことが判明し、2〜4時間目まで1日中一緒にいられることになった。こうして、僕らは月曜日には決まってお昼を一緒に食べるようになった。これは去年までに比べるとすごい進展だ!




 そして、かくいう今日は月曜日。前の講義が長引いて食堂に行く時間がなくなってしまったため、僕らは大学構内にあるコンビニに足を運んで昼食を買った。僕は幕の内弁当と緑茶。ルルーシュはサンドウィッチと野菜ジュース。
 空き教室に移動して、僕は横に座ってサンドウィッチを食べるルルーシュを盗み見る。

(僕の隣りででルルーシュがごはん食べてる!)

 それだけの事実でなんだか目元が下がってしまう。ああ、平和だなぁ。このお弁当の白米は美味しいし、ルルーシュはいるし。

「それにしても」
「なんだ?」
「この前も思ったけど、ルルーシュって少食だよね」
「…そうか?」
「そうだよ!僕だったら絶対サンドウィッチの他におにぎりとかパンとかも食べないともたいないよ!」
「それは、スザクが体育会系だからだろう。運動をすればエネルギーを消費する分、腹も減る」
「んーまあ、それはあるかもしれないけど…。そういうルルーシュは何もサークルとかって入ってないんだよね?」
「ああ。特に入りたいものもなかったからな」
「ルルーシュもサッカー部に入ればよかったのに。そしたら僕と一緒だよ!」
「お前なぁ、俺が運動苦手なの、知ってるだろう?」
「うー…じゃあマネージャーとか!」
「却下だ。それより、手を動かせ。今日は前の時間が長引いたからな、時間がおしてる」
 ルルーシュが腕時計を見ながら言った。
「え、今何時?」
「12時40分だからあと20分で次の講義が始まる」
「わ、まだ食べかけたばっかりなのに…!!」
 貴重なルルーシュとのランチタイムがアスプルンド教授のせいで慌ただしくなる。せっかくゆっくり話せると思ったのに…!心中で飄々と笑うマッドサイエンティスト(兼、一応教授)に毒を吐きながら、箸を口に運ぶ手をはやめた。






 4時間目はクルーミー助教授で、きりのいいところまで進んだ講義は早めに打ち切られた。2時間目のアスプルンド教授とは大違いだ。机の上のノートをかばんにしまいながらルルーシュを見ると、ちょうど彼が僕に向かって口を開きかけたところだった。
「スザクはこの後は?」
「7時からはバイトだけど、それまでは暇だよ」
「なら、途中まで一緒に帰るか」
「うん!」

 ルルーシュの下宿は大学からとても近い。だから、大抵は徒歩で来ている。その彼が、講義棟から出ると「ちょっと待っててくれ」と一言おいて小走りに取りに行ったのが自転車だった。黒いフレームの自転車を押して戻ってきたルルーシュが僕の隣りに並ぶ。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
 橙色の光が射す坂をゆっくりと歩きながら下っていく。のびていく影はつかず離れずの距離。空を飛んでいくカラスの姿に、どこか感傷的な気持ちになった。
「僕さ、実は前から気になってたんだけどね」
 口を開くと、黙ってルルーシュがこちらに視線を向けてくれる。
「もうちょっと坂を下ったところに細い横道があって、そこを抜けたらどこに行くのかなぁって」
「…あそこか?」
「うん」
「じゃあ、今日はそこから帰ってみるか」
「、え!いいの!?」
「俺もひとりだといつも同じ道しか通らないからな。たまには違う道を通ってみるのもいい」
 言うなり、彼は少しばかり足を速めて坂を下りだした。植木の途切れた所から延びる細い道へ進んでいく。ふたり並ぶには細いそこをルルーシュの背中を追いかけながら下っていく。正面にまわった太陽はルルーシュの背中に影をつくる。まぶしい。だけど、いつもの道からそれたここには僕とルルーシュのふたりだけ。
 抜け道の先に広がっていた住宅街は静まり返っている。道端で遊ぶ子供の声も、立ち話をする主婦の姿も見当たらない。広くなった道で再びルルーシュの横に並ぶと、彼は眩しそうに目を細めていた。
「西陽がきついな」
「う、ん」
 夕陽が赤いだけなのに、彼の白い肌を染める色がひどく煽情的に目を刺すから、僕は咄嗟に視線を落とした。

(僕はルルーシュの親友になり、た、い…んだよ、ね?)

 心の中で自問自答。ひどく頼りない問いに、答えは出なかった。それでも。

(ずっと一緒にいたいっていうのは本当、)






「ここを曲がってまっすぐ行けば駅だが、どうする?」
「え…と、ルルーシュは?」
「俺は今日は買い物に行こうと思って自転車に乗ってきたんだ」
「あー、それじゃあ…」
 ちらりと腕時計を見る。大丈夫、まだバイトまではずいぶん時間があった。
「暇だし、買い物についていってもいい…?」
「俺は構わないが…スザクは大丈夫なのか?時間」
「うん。むしろ、下手に時間が空いててこのまま行っても困るなって思ってたんだ」
 すると、ふわりと微笑んだルルーシュが「それならこっちだ」といってまっすぐに歩きだした。

 商店街に入ると、夕方の喧騒がふたりを包んだ。いつもの空気が戻ってくる。知らない道で見つけてしまった、知らないルルーシュに少しばかり持て余していた感情が軽くなるのを感じた。
 買い物かごを持ってスーパーに入っていこうとするルルーシュの手からかごを奪う。
「僕が持つよ」
「、それは「ほら、僕ってサッカー部所属の体育会系だから!」
「…体力馬鹿っていえ」
「それはひどくない?」
「的を射た表現だろう?」
 明るい表情で笑うルルーシュを見れば、それ以上返す言葉は見つからなかった。
「そういえば、ルルーシュって料理は得意なの?」
「まあ、人並みにはできるが?」
 店頭に並ぶ野菜を吟味しながら僕の持つかごに入れていく様は手慣れたものだ。僕なんかは、店に買い出しに来ても色々ありすぎて何を買えばいいのかわからなくなってしまう。
「ちなみに今晩のメニューは?」
「水菜のペペロンチーノと、キャベツと新たまねぎのガーリックコンソメスープ、それから昨日の残り物とデザートにイチゴのコンフィチュール…といったところかな」
「……すごいね」
「そうか?」
「そうだよ!そんなに料理が得意だからいつも家に帰ってお昼食べてたんだね」
「自分で作った方が食費を抑えられるからな」
「僕なんかバイトで出るまかない以外はスーパーの半額弁当のお世話になりっぱなしだよ…」
「栄養には気をつけろよ?」
「うーん…そうだよねぇ…」


(ルルーシュの手料理が食べたい!…だなんて、そんな図々しいことはまだいえない、か)


 一通り食材を選び終えたルルーシュがレジで代金を払う様を眺めながら今夜の食事に思いを馳せた。まだ今夜はバイト先でまかないが出るからまともな食事にはありつける。でも、中年親爺が腕をふるう中華食堂のまかないでは、(確かにとても美味しいのだけれど!)ルルーシュの作る上品なメニューからは程遠くて、それが切なかった。

(でも、僕たちはまだ始まったばかり。大切なのはこれから!!…のはず!)




(09.05.06//NEO HIMEISM