物静かで、よく一人でいる。本を読んでいたり、講義を熱心に聞いていたり。
 たまたま講義がかぶると、決まって隣に座って言葉を交わすようになった。
 彼の周りにある空気は、そこらへんの人とはどこか違っていて、黙っていてもそれが心地良く感じるし、なんでもないことを話しては心が軽くなった。
 いつも明るく騒がしい仲間といるのもそれはそれで楽しいのだけれど、彼といると、その静かで落ち着いた空気に肩の力が抜ける自分に気付く。

(ずっと一緒にいられたらいいのに)

 仲良くなりたいと、思う。でも、彼は喧騒を好まないようで、僕が仲間といるときはほとんど接触がない。あまり面識のない複数の他人と同じ輪に入ることを得意としていないようだった。講義がかぶっていても、僕が仲間といると黙って少し離れた席に着く。そして講義が終わると足早に教室から出ていってしまう。それが、少し、切なかった。
 こんなことをいったらいけないのかもしれないけれど、僕はいつもの仲間より、彼と一緒に講義を受けたいのに。






 彼と過ごす週に数時間だけの短い時間をとても大切にするようになって早半年。
 新学期が始まった。
(今学期も彼と講義がかぶればいいのに)
 シラバスとにらめっこした揚句になんとか暫定的ではあるが決めた時間割表と講義室番号をメモった紙を眺めながらその扉を開いた。ここは41講義室。この講義棟の中では一番広い教室だ。
 教室にはすでに人だかりができていた。人気の講義なのだろうか。
 考えながら、ゆっくりと視線を巡らせる。

(いた…!)

 教室の人だかりができている後ろ半分ではなく、前半分の区画の中でも一番奥の端の方に座って本を開いている彼の姿。思わず小走りで彼の座る机のところに向かった。

「ルルーシュ!」
「…ああ、スザクか」
「久しぶりだね!!」
「そうだな。2月以来か」
「うん、春休みはどうだった?」
「実家に帰ってゆっくりしたよ」
「そっか!」

 久々に交わす言葉が嬉しくて、僕は頬の緩むのも構わず色々話した。当然、座席は隣に陣取っている。読んでいたであろう本を閉じて僕の話に応じてくれるルルーシュの顔は穏やかに目を細められていて、嬉しさは増すばかりだ。ルルーシュも僕と話すのを楽しいと思ってくれているのだろうか。(そうだったらいいな)




 教授が入ってきた途端、にぎやかだった教室が静まり返る。ルルーシュもふっと視線を前に戻し、講義を聴く体制に入った。僕はあまり勉強が得意とはいえないけれど、彼のその姿を見ると自然背筋が伸びる。彼に倣ってちゃんとまじめに聞かないと。
 ちらり、と横目で盗み見た彼の横顔。怜悧な瞳がまっすぐに前を見ていて、まとう硬質な空気が彼の姿を際立たせていた。
 ふわりと目を細めるときの柔らかい空気も。
 今のような硬質な空気も。
 人と離れた場所で静かにすぎていく静寂も。
 彼の周りにあるすべてが、僕の心を包み込む。

(ずっと一緒にいられたらいいのに)

 また思って、まじめに講義に耳を傾けだした。




「ね、3時間目はとってる?」
「ああ、23講義室で」
「え!もしかしてそれって○○○講義?」
「そうだ。スザクも同じなのか?」
「うん!一緒に受けようね!」
「ああ」
 思いがけず次の時間割もかぶっていたことに喜びがおさえられない。今までは週5日のうち3日ほど、それも1日に1時間かぶれば良い方だったのに。

(神様ありがとう!あわよくば毎日2,3時間かぶるようにしてください!)

 一瞬手を組んで空を仰いだ――ところで盛大に腹の虫がなった。
「…っ!!」
「もう12時回ってるからな。腹減っただろう」
「……う、ん」
 はずかしい。はずかしい!!どうしてよりによってルルーシュといるときに!!
「あ、あの、ルルーシュはどうするの?お昼」

 彼の下宿は大学からものすごく近い。いっそ敷地内といえるくらい近い。徒歩5分の距離だ。だからか、昼はいつもいったん家に帰って昼食をとっているようだった。やっぱり今日も帰ってしまうのだろうか。
「あー…どうするかな…」
(あれ、迷わず帰宅じゃ…ないの、かな?)
「……あの、さ、よければ――」
 緊張した。なんでお昼に誘うだけのことでこんなに!いやいやでも僕はルルーシュともっと仲良くなりたい。親友、になりたいんだ。
「――僕とお昼…一緒しない?」
「…いいのか?」
「もちろん!!」
「でも、お前、いつも一緒に食べてる友達がいるだろう」
「あー、それは大丈夫!別に毎日一緒に食べるって決めてるわけじゃないし」
「じゃあ、お言葉に甘えるかな」
「…!うん!!」

 こうして、いまだに大学の食堂を使ったことがないというルルーシュに驚いた僕は、大混雑の食堂で彼とのランチデビューを体験した。喧噪は好きじゃないんだ、といったルルーシュに4月の食堂はきついかと思ったけれど(5月のゴールデンウィーク明けになると目に見えて人が減る)、うるさい食堂の片隅で向かい合って座り、食事をとりながら交わす言葉はまた普段と少し違って。
 ゆっくりと食事をとった後も一緒に次の講義室へ向かいながら隣を歩く彼の姿に笑いかけた。言葉はなくとも返される微笑が、この空気が、やっぱり僕はすきだと思う。
 僕と彼の親友への道は一歩前進しただろうか。

(毎日お昼をできたらいいな、だなんてそんな欲張り!)
(ほんとは言いたいけど、とりあえずはこれから毎週月曜日は一緒にお昼しよう!!)




(09.04.16//ブログ再録//NEO HIMEISM