一陣の風が、墓地を吹き抜けた。
郊外にある小さな墓地、ここに彼の墓がある。


久しぶりに目にした彼の質素な洋墓には、多くの花が供えられている。花に宿る潤いが、彼を偲ぶ人々の涙そのもののように思えた。掘られた彼の名前の溝に水が溜まっていて、それをゆっくりと撫ぜて水を払ってやる。

この墓の場所を知っている者と言うと、数は限られる。これらは彼を偲ぶ数少ない元黒の騎士団員や、学園の級友たちからだろう。

「こんな墓などに、俺の遺体は埋まって居ないというのに。・・・なあ、ゼロ?」

予想に難く無かったその言葉に、墓に触れていた手を離し背後に向き直る。
ここに眠っているはずであろうその人が、自分の墓を見つめておかしそうに笑っていた。
・・・不思議な光景だ。

「笑っちゃ失礼だよ。・・・皆、君が生きていることを知らされて無いんだから。」

被ったままだった仮面をとり外気に顔を晒すと、外界が鮮やかな色となって視界に飛び込んでくる。彼の漆黒と紫電が目を灼いた。

「まさか自分で自分の墓参りをする時が来るとは想像もして居なかった。・・・なんとも複雑な心境だな」
「・・僕もその経験在るよ。まあ、実物は見てないけど」
「しかも、どちらの墓にも遺体が埋葬されて居ない・・・軽く怪奇現象だぞ」

ゼロレクイエムの後、民衆に憎しみの矛先を向けられかねなかった彼の遺体は、ゼロ−僕−が持ち去った。それは、ゼロレクイエムを打ち明けられたときから決意していたこと。
たとえ遺体だとしても、美しい彼が民衆によって荒らされることは堪えられなかった。

そうして持ち帰って見れば、あのサプライズなのだからたまったものではない。
寝台に横たえた彼が目を覚ましたときには、逆にこちらの心臓が止まるかと思った。
コード継承や不老不死やら何やらを一気に話されて、その場で失神しなかった僕を誰か褒めて欲しい。

こうして結果的に、彼は死ななかった。
ゼロレクイエムという断罪を経た上で、彼はこうして生きている。
だからこそ彼の存在を社会から、人の目から隠さなければならなかった。誰にも見られないように、誰も彼の存在に気づかないように。

今在るこの墓の下には、彼の衣装であった皇帝服が埋葬されている。
彼の血に塗れた、彼の象徴。彼の願い。

墓の場所を公表しなかったので、恐れていた墓荒らしも起こっていない。まあ、荒らそうとしてもここには番人が居るのでそれは無理だろうが。

「おい、いつまで墓前でいちゃつくつもりだそこのバカップル」

背後から投げかけられた、少し笑いを含んだ女性の声。
墓地の番人、緑の魔女。彼女がここの番人を買って出てくれた。
ルルーシュと身を隠すにあたって、郊外の墓地と言う土地が最適だったようだ。

「別にいちゃついてなど、」
「ふん、お前の認識など特に興味は無い。・・・自分の墓参りが終わったらさっさと買い物に行って来いよ、そうでなければ今夜もピザだぞ。」
「・・・・・・わかった」

しぶしぶと言う体で彼が返事をして、これまた渋面を作る。彼の生きた人間らしい仕草一つ一つがとてもいとおしくて、自然に表情が柔らかくなった。
こうやって彼が隣で生きて居てくれること、それが時々どうしようもなく嬉しくてたまらないのだ。

「・・どうせ今日一日はオフなんだろう」
「何で君がそれ知ってるの?」
「お前はいつも俺に会いに来るとき、無理にでも1日休みをとってくるから、だな」
「うん、よくわかってるね。・・・買い物、付きあおうか?」

どうせ車も必要なんだろ?と、乗ってきた車を指差すと、彼がまた少し顔をしかめた。

「・・お前、変装が嫌ではないのか」
「女装のこと?別に、そこまでは」
「な・・・!」

そう、世間的に顔がばれすぎている僕たちは、外出の際に男としての変装ではいささか危ない。この墓地へ彼らが居を移してからというもの、人目に触れるところへ出かけるには女装して出かけるのがセオリーになってしまった。

「今日も、夕飯食べて帰っていいのかな」
「・・・ああ、そうして帰れ。」
「うん、もとからそのつもり。」

外出の準備をするべく、彼らの住まいである木造の小屋へと足を向ける。
しかし彼は立ち止まったまま、また自分の墓を見つめていた。僕はつかの間逡巡して、その後彼の手首をつかんだ。
そしてそのまま手を引いて歩き出す。

「なあ、スザ・・・」
「大丈夫。」
「・・・・何が」
「君が土台を作ってくれたんだもの。・・・何とか形にして見せるから」
「・・当たり前だ、この馬鹿が。失敗したりしたら、来世でも許さないからな」

少し遅れていた歩を速めて僕の隣に並んだ彼は、少し物騒なことを言いながら、それでも表情は微笑みを形作っていた。
そうだ、絶対に平和にしてみせる。・・・彼がくれた明日を。

「来世でも会ってくれるんだ?・・・待ってるからね」
「揚げ足を取るな・・・!」

語気をほんの少し荒げた彼が僕の足を軽く蹴る。
それがぜんぜん痛くなくて僕が少し笑った。
それに彼が機嫌を損ねて歩く速度を上げる。
そんなやりとりがとても懐かしくて楽しくて、やっぱり僕も笑顔になって彼を追いかける。
今度はつかむのではなくしっかりと手を握って、小屋の方へ二人で歩を進めた。

「僕の幼馴染が君でよかったよ、ルルーシュ」
「何だいきなり。・・・・・俺もだよ、スザク」

からっぽの仮面《君》の墓が、僕らの後ろを見送った。







芥屋小豆