失態だ、とルルーシュは今にも声を荒げてしまいそうだった。


たまたま足を向けた市街地で今は殆どない爆破テロに巻き込まれ、動けなくなってしまった。
あれよあれよと言う間に(―きっと予告でも受けていたのだろう)迅速にテロリストを殲滅する戦闘が目の前で展開され、真の日本奪還!と叫んでいた男たちは物言わぬ肉の塊に成り果てた。
「――お見事」
自身に及んだ危険をまったく忘れて呟くのと、残っていた爆弾が破裂したのか背後に熱風と衝撃を感じて倒れこんだのは一緒だった。鼓膜がやられる感触を味わいながら地面をゴロゴロと転がる。内臓をやられたのか立つことができないでいた。地味に痛い。
ひとつのKMFの前まで飛ばされ、文字通りその場から動けなかった。傍目には死体に見えるかもしれない。右腕は常と反対の方向に曲がり、口と身体中の傷口から血が流れ出る。痛みよりも先に体温が冷えていくのを感じた。
(これはしばらく 再生 に時間がかかるかもしれないな)
冷静に己の身体について分析をしていると、KMFのハッチが開く音が聞こえた。
「ルルーシュ!?」
聞きなれた声にありえない、と肩がゆれるも、動揺が現れるには至らなかった。
体中の傷がそれを不可能にさせる。
「ルルーシュ!!」
立ち込める埃と煙の中、泣きそうな調子で自分を探す声が辺りに響く。
「・・・・・ルルーシュ、」
やがて腕を掴まれて、引き寄せられる。すぐ近くにかつて親友で、そして秘密を共有しあったスザクの声が響いた。その声を聞いた瞬間、自分の中にあったひとつの願いが叶えられてしまったことをルルーシュは歯がゆくも思い知ってしまった。


「ルルーシュ」
もう一度だけで良いから、彼の声で呼んで欲しいと思っていた名前。
今はもう捨てて、自分の中にだけあった名前。




9月28日。悪逆皇帝ルルーシュが仮面の革命者ゼロに討たれた日。
絶望の中に沈んでいた民衆に、希望の光が強烈に瞬いた日。


9月28日。ルルーシュが にんげん であることを放棄した日。




「ルルーシュ…!!」
スザクは焦がれて止まなかったルルーシュをその腕の中に抱いていた。


そう、ちょうど季節は巡って、今。秋のはじまり。













「エル・クラウディオ?」
「はい」
スザクはルルーシュの、いや、ルルーシュだと思っていた人間の口から紡がれた言葉に目を見開いた。ずっと焦がれていた間違えるはずのない存在なのに目の前にいる人間は「私はルルーシュという人ではありません」と別人だと言い張る。
先ほど提示を受けたIDカードも確かに戸籍を証明するものだった。
エル・クラウディオ。父親の転勤に伴いエリア11に移り住んだものの、事故で両親は他界し今はただひとりきりだという。一見何の変哲もない話で、同情しがちなものだったがスザクは納得が出来なかった。それにしたって似すぎているのだ。


「…死んだと聞いていたのに、生きていたんですか?」
英雄の枢木スザクさん、と彼と同じ声が心底不思議そうに聞いてくる。先ほどの戦闘で何も考えずに声を荒げて顔を晒してしまった。いつもなら有り得ない行為だったがまわりが煙と土埃で遮られた視界のなかで何も考えられなかった。こうして一般人にバレてしまったのはひとえにスザクの怠慢、失態。それ以外のなにものでもなかった。
自身が乗る専用KMFを収納したトレーラーの中、ゼロ――枢木スザクは頭を抱えた。




ルルーシュは気が気でなかった。
たまたま持っていた偽造IDはかなり精巧なつくりになっていて、正体を見破るまでにある程度の時間稼ぎは出来る。だが、それだけでは目の前の不利な状況は変わりそうにない。
スザクからしたら自分が殺したはずの友人と瓜二つの人間に出会ったのだ、そう簡単に手放しはしないだろう。自分でもそうすると分かっているだけにルルーシュは歯がゆい気持ちになる。
(…くそ、あの女がアイスなんか食べたいと暴れるから)
身体はスザクの前に座っている今も再生をしている。まず外側から治っていくものらしく、改めて彼と顔を合わせた時は外傷は殆ど目立たなくなっていた。それだけが救いだ。
あとはゆっくりと なか が再生してくれれば頃合を見計らって姿も眩ませるだろう。
さてどうしたものかとルルーシュは困りきって舌打ちを心の中で繰り返す。
「いろいろ事情があってね、姿を隠さないといけなかったんだ」
「・・・へぇ」
生きていたんですか、という白々しい問いにスザクは苦りきった顔で答える。
ルルーシュは怪しみながらも納得をしてみせる小芝居をしつつも出入り口の数と場所を横目で確認する。ルルーシュの背中側と、対面しているスザクの後ろにそれぞれドアがある。どちらかが外に繋がったものだろう。はやく抜け出さなければ。


「よく似ているって言われるんですよ、知らない人には無意味に怖がられたり」
悪逆皇帝と名高いかつての自分になぞらえて揶揄するように肩を竦めるとスザクは何とも苦りきった笑いをこぼした。それはそうだろう、ルルーシュも笑い出したくてたまらなかった。
何だろう、この茶番は。
「そうだろうね、君はすごくよく似ているよ。声も、仕草も」
クラウディオ、と聞きなれたはずの自身の偽名もスザクの口から出れば違和感以外のなにものでもなかった。むず痒いような何とも言えない思いが身体の中を暴れまわる。
ふとした悪戯心が芽生えて、内心でニヤリと笑う。


「枢木さんにとって、あの皇帝はどういう存在だったんですか?」
「・・・え?」
きょとりと目を見開くと年相応の、アッシュフォード学園に通っていた頃の彼の面影がある。
「皇帝の騎士だったんでしょう。よくは知らないけれど」
「あ、あぁうん。騎士だったね」
「あんなにひどいことをする人の騎士だなんて、よくやってましたね」
世間から見ればそう見えるだろう疑問をぶつけてみる。彼が一体どんな考えでルルーシュの構想に付き合ってくれたのかいまだに疑問に思うところがあったからだ。瓜二つの人間に聞かれてこのうえなく言いにくいだろうが、きっと答えてくれるだろう。
初めて会った(はずの)人間だが、やはり容姿の所為なのかスザクの態度はクラウディオに対しては砕けすぎていた。きっとまだ混乱をしているのだろう。
ならば、混乱しているうちに彼の本心を聞いておくのも悪くない。


「…彼は、誰よりも世界が優しくなることを願っていたよ」
「へぇ?あんなにたくさん酷い事をしたのに?」
「それは、仕方がなかったんだ。そういうものだったから」
「…意味が分かりませんね」
僕にも分からないや、と泣きそうに笑うスザクに苦いものを感じる。
傍目には別人だからっていじめ過ぎただろうか。遠く感じるけれどまだ1年しか経っていない。スザクの中ではまだ整理しきれていなかったのかもしれなかった。だとしたら悪い事をした。
ルルーシュは一度目を閉じて、ゆっくりと開いた。相変わらず泣きそうになってしまっているスザクが目の前に座っている。
「僕にもね」
「はい?」
「僕も、よく分からないんだ」
「…なにがですか」
スザクが微笑みを零す。この顔をルルーシュは知っていた。まだ学園でイレブンと呼ばれ馴染めていなかった時、皆の態度に少し戸惑いながらも当然だと偏見を受け入れたときの顔。
全てを諦めていた顔。そんな顔をさせたくなくて、柄にも無く生徒会に無理矢理引っ張りこんだのが遠い昔の出来事のようだ。実質2,3年くらい前のはずなのに。
訳も無く苛立つのを感じる。こんな顔をさせたくて、消えたわけじゃない。


「僕もね、彼を憎んでいた。殺したいとずっと願っていた。だけど、気付いてしまった。ただ言葉が足りなかったんだ。それだけだった。多くを語りたがらない彼と言葉の外にある思いを汲み取れない僕は長い間多くの勘違いや思い込みをぶつけあってきた。互いに自分を省みなかったからこんな結果になった。そういうことだったんだ。ただの長い喧嘩がこうなってしまっただけだったんだ。」


「・・・だから、僕は今でも君が死ななくても済んだ方法を探しているよ」


「クラウディオ。いや、ルルーシュ。」
ルルーシュの時間が、止まった。




「・・・なにを、言ってるんですか?俺は」
「言っただろう、声も仕草もまったく似ているって。僕はそう間違ったりはしないよ」
特に君に関しては、とスザクが笑う。
眉が下がりきった笑いに、どんな気持ちが潜んでいるかなんてちっとも想像が出来なかった。
スザクの瞳がルルーシュを射る。ルルーシュは天井を仰いで、ゆっくりと顔を伏せた。
きっと誤魔化しきれないだろう。ならば、


「…昔からお前は動物の勘のようなものが強かったしな」
「分かってるんだったらあんなこと言わせないでよ、恥ずかしかったじゃないか」
笑って認めてみせるとスザクは力が抜けたのか机に身体を預けた。ルルーシュは姿勢よく椅子に座ったままだ。先ほどまでの変に張り詰めた空気があっという間に消え、穏やかなものになる。
「いつから気付いてた?」
「多分、最初から。確信したのは君が君の話題を出してからだ」
「…それって俺のほうが恥ずかしいじゃないか」
「お互い様だよ」
ふふ、とスザクが笑う。ルルーシュも苦笑をこぼした。


「元気にしているの」
「あぁ。生活に困らない程度には。あのIDもよく出来ているしな」
先ほど提示したカードのことをちらつかせれば納得したように数回頷いた。確かに偽造だって分からなかった、と零すスザクにルルーシュはますます笑みを深くする。たった1年の間に、これだけ変わるだなんて誰が想像できただろうか。
ちらりとドアを見やる。
ルルーシュはおもむろに立ち上がり、服の裾を整えだした。スザクが訝しげにそれを見ている。


再会は、短時間でなければならない。
幸いドアの向こうに迎えも来ていることだし、なによりこれ以上ここにいれば別れが惜しくなる。


「ナナリーに、会っていかないの」
「会えば離れられなくなる。それに、離れた意味もなくなってしまうからな」
元気にしていればそれでいい、と笑うルルーシュにスザクはたまらなくなってしまう。あんなにお互いを思いあっていたきょうだいが、今は離れたままの方が良いと言う。
「元気だけど、君がいないと幸せそうじゃないよ」
「今が幸せじゃないならお前が幸せにしてやってくれよ、天下のゼロ殿」
「僕だったら泣かせちゃうかも」
「そしたら殴りに来るさ、C.C.と一緒に」
うわぁ、それは痛そうだと真顔で言うスザクにルルーシュは今度こそ声を出して笑った。居住まいを正したルルーシュにあわせてスザクも立ち上がる。
互いに向き合って、見つめ合う。たった1年という時間が流れただけなのに、ルルーシュはスザクを見上げるようになった。ルルーシュの背はあの時とまったく変わっていない。
人間じゃなくなってからというもの、彼の身体は進化をやめた。
無言で手を伸ばすとスザクも手を伸ばす。互いに背中に手を回しあって、目を閉じる。


最初で、そしてきっと最後の抱擁。これだけで充分だった。
ゆっくりと身体が離され、背中から手が離れる。
最後に触れたお互いの手は握られて、そして離れた。




「じゃぁ、な」
「うん。」
言葉が足らずに道を違えた2人には、これが一番分かりやすい別れの挨拶だった。








「そのまま嫁にでも入ってしまえばよかったのに」
静かにドアを閉めると、外で待っていたC.C.が何でもないことのように言った。ルルーシュが首を横に振る。
「冗談。奴の嫁になるのは相当の強気な人間じゃないと。俺にはとてもとても」
「それだけ言えれば充分だろうに。」
側にいてもどうしようもないから、と言葉の外に含まれた声にC.C.は微妙な顔をしてみせる。
「あいつらは、前に進む生き物だろう」
生きても死んでもいない、立ち止まった存在である自分たちが邪魔をして良いものではない。そう呟くとC.C.は納得したようにふん、と鼻を鳴らした。
最近気に入りらしい紺色のパンプスの踵を鳴らして歩く。ルルーシュもそれに続く。


「まぁ、また偶然で会うのを期待しておくか」
その偶然が二度と来ないことを知っているC.C.は鼻で笑いながら前を向いて歩みを進めた。
きっと次に会うのなら、別の世界で。








また君に会える日を楽しみに待って、さようならを。
























(企画きみはいま、///秋穂もゆり嬢へ。 ありがとう、ありがとう。)
言葉足らずの僕らに必要なのは素っ気無い別れだった//2009.9.28 natori