世界は終わりを迎えた。 そして、始まりを迎えた。 ゼロレクイエムという物語の終末から、僕らの時は止まったままだった。 九月二十八日、 悪逆皇帝として人々の記憶に刻み付けられたルルーシュの慰霊碑は、彼の命日だというのに閑散としていて、碑前には数えるほどの花束がいくつか置かれているだけだった。 そこにたった一輪の彼岸花を添える青年が一人。秋には少し厚すぎる位の衣類と不似合いなサングラスを身に纏っている。深々と被った帽子の裾から少しだけ覗く栗毛はふわりと風に揺れていた。 「随分と滑稽な格好だな」 ふいに、溜息混じりの艶やかな低音が響いた。 「完全に不審者だ」 クスクスと笑い声を漏らしながら、慰霊碑の後ろから細身の青年が現れた。 さらりと靡く黒髪と、透き通る程に美しいアメジストの瞳。 「ルルーシュ!」 石碑の前に立て膝をついていた青年はルルーシュに駆け寄ると、無造作にサングラスを外して翡翠色の瞳を覗かせた。 「久しぶりだね‥元気そうで良かった」 「あぁ‥スザクは少し痩せたんじゃないか?公務、忙しそうだしな‥」 ぎこちない会話が一年という時の長さを如実に物語っているようだった。 少しばかり照れ臭そうに頭を掻くと、スザクは一度大きく深呼吸をし、ルルーシュをじっと見つめて落ち着いた口調で囁いた。 「ずっと‥君に会いたかったんだ。ずっと‥」 スザクはそっと手を伸ばして細くくっきりとしたルルーシュの輪郭に触れた。 指が触れた瞬間、ルルーシュは僅かに肩をすくめて体を震わせたが、すぐに懐かしい感触が甦った。 ふっと息を漏らして目を細めると、温かく触れられているスザクの手に自分のそれを重ねた。 「‥良かった」 「えっ?」 「お前が俺を待っていてくれて‥会いたいと思っていてくれて良かった‥」 そう呟いたルルーシュの頬を伝う、一筋の涙。強い意志を感じさせる瞳とは対照的に脆く儚い雰囲気を漂わせている。その極端なまでのコントラストが、スザクの心を震わせた。 スザクはそっとルルーシュの唇に自分のそれを重ねた。優しく触れるだけのキス。それだけで十分だった。 「‥当たり前じゃないか。僕は毎日君のことばかり想っていたよ。ずっと、もう一度君に会いたいと願ってた」 「ほん‥とう、に‥?」 見開かれたルルーシュの瞳に惹かれつつも、スザクはちらりと碑前の彼岸花に目を遣った。 「彼岸花の花言葉‥知ってる?“想う人はあなた一人”、“また会う日を楽しみに”‥これでも君を想ってるってこと、信じてもらえないのかな?」 自分達の世界に幕を閉じたゼロレクイエム。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしての存在を失ったルルーシュは、ゼロとなったスザクの前から忽然と姿を消した。 手掛かりとなるものは何一つ残されておらず、同じく存在を失った枢木スザクとして知人や友人に手助けを求めることも叶わなかった。 いつかきっと巡り逢えるという確証のない期待だけを抱き、ただひたすらにルルーシュとの再会の時を待ち続けた。 それが、今―――やっと、会えた。 目の前にルルーシュがいる。その紛れも無い事実がスザクの感情を昂らせている。本当は今すぐ抱きしめて互いの体温を‥生きている証を確かめ合いたい。 しかし一年越しに再会したルルーシュは、視線を落としてスザクの一挙一動に過敏なまでに反応する。まるで何かに怯える小動物のように。 「信じてない‥訳では、ないんだ。ただ‥」 言いかけて言葉を飲んだ。 スザクはいつになく歯切れの悪いルルーシュの表情を見てはっとした。そこにはスザクの良く知っている‥自責の念に駆られて罰を求める目があったからだ。 「ルルーシュ、君‥」 「俺は‥再びこうやってお前と言葉を交わすことなんて、ないと思ってたから‥」 誰も知らなかったのだ。コードを継承していたことを‥命が尽きることはないということを―――当のルルーシュでさえも。 「俺がここに生きている資格なんて、ないと思ってたから‥」 だから、誰にも知られないように姿を消した。 優しい世界を、今度こそ自分の手で決して壊してしまわないように。 「ルルーシュ‥そんなこと、自分で言ってしまうのは悲しすぎるよ‥」 スザクは子供を慰めるように、ルルーシュの頭を優しく撫でた。愛おしむような手つきで、何度も、何度も‥。 けれど目を伏せたまま口をつぐんでいるルルーシュに、スザクはまた言葉を紡ぐ。 「君がいたから‥ブリタニアは‥この世界は変わったんだよ。ユフィやナナリーが造ろうとした優しい世界を、僕達は造ることができた。君がいなかったら、きっと今の平和な世界はないと思う。だから‥」 だから自分を責めなくてもいいと、そう続けようとしたが‥ 「でも、俺がいなければ傷付かずにすむ人も沢山いた筈だ‥これは事実だろ?」 切なげに向けられた瞳。 スザクは思わず言葉に詰まってしまう。 確かにルルーシュが傷付けてしまった人は少なくない。その手を多くの血で染めたことも事実だった。けれどもそれは、ルルーシュだけではない。意志や思惑は違えど、その意味ではスザクだって同罪だ。 しかしながらルルーシュは、異常なまでに自分自身を責め立て、世界から追いやろうとする。 スザクにはその理由が、ぼんやりと分かる気がしていた。 「―――間違っていたんだ、全部。‥俺、の‥」 もうこれ以上の言葉が紡がれないように、スザクの唇がルルーシュのそれを覆う。 突然のことにルルーシュは一瞬目を見開くも、次第にその心地良さにとろりと瞼を閉じた。 スザクはちくりと刺す胸の痛みを和らげるように、優しく、ルルーシュの唇の輪郭を確かめるように何度も口付けた。 ルルーシュが抱いている後ろめたさは、スザクが今日まで抱えていたわだかまりと同じだった。 たとえ弾みで出た言葉とはいえ、それはひどく二人を締め付けていた。仕方ないといえば仕方ない。状況が状況だったのだ。 それでも――― スザクはゆっくりと唇を離す。 ルルーシュが寂しそうにそれを目で追う姿が堪らなく愛おしかった。 「ルルーシュ、僕は‥」 枢木スザクを捨てた、ゼロとしての自分。 誰にも存在を認めてもらえないことの淋しさ。 今この世界で自分の名を呼んでくれるのは、目の前にいるルルーシュただ一人。 そのことにどれだけ安堵し、気付かされただろうか―――存在意義がどんなに大切なことかということに。 「ルルーシュ、僕は‥君にずっと、言いたかったんだ‥」 綺麗な紫水晶が、真っ直ぐにスザクを見つめている。 「君は多くの人を犠牲にしてきたかもしれない。君がやってきたこと‥確かに間違っていたこともあったのかもしれない。でも君は‥ルルーシュ、君の存在そのものが間違っていた訳じゃない―――君は、生きていて、いいんだよ‥」 零れ溢れ出す涙。 とめどなく流れ落ちるそれはルルーシュの心をゆっくりと解きほぐす。積もり積もった雪が溶け水へと変わるように。 「ごめんね‥いっぱい傷つけて‥」 その一言を言えた。 それだけで、スザクは幾分か心が軽くなったような気がした。 ずっとつかえていたものが消えてゆく。 やっと素直な気持ちで向き合うことのできたルルーシュは、堪らなく愛しくて‥ スザクはそのまま、ルルーシュの華奢な体をきゅっと抱き込んだ。頭を手で包み込み、自分の肩口へそっと寄せる。じんわりと肩が濡れていく感覚と、耳元で響く小さな嗚咽とが、スザクの胸を締め付ける。 「もう‥どこへも行かないで。ルルーシュは‥僕が守るから‥」 ルルーシュが小さく頷くのを感じて、スザクはふっと笑みを零した。 そうして顔を上げたルルーシュの揺れるアメジストをじっと見つめ、にこりと笑う。 「スザク‥お前‥」 忘れかけていた屈託のない笑顔。 久しぶりに見るスザクの柔らかな表情に、ルルーシュは少しばかり驚いたが、懐かしさと安堵、喜びが同時に込み上げてくる。 オレンジ色の夕日が二人を照らし、そこだけがまるでスポットライトに当てられているようだ。 スザクはルルーシュの手を取って、そっと唇で触れた。 「戻ろう、僕達の場所に」 スザクに手を引かれ、丘を下る。 繋いだ手はとても温かく、優しかった。 止まっていた二人の時間が、ゆっくりと、でも確かに動き始めた。 ぎこちなくも一歩一歩、秒針を進めながら。 こんにちは、もしくは初めまして! 『終末の世界より』を担当させて頂きました。みーちゃんと申します。 この度はこのような素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました! ルルーシュ一周忌記念ということで、個人的な本編補完シリアスに挑戦してみました。 一期で「お前の存在が間違っていたんだ」と言ったスザクと、それに逆上して銃を向けたルルーシュ。 色々あった中で、このやりとりは私の中でも衝撃的でしたし、スザルルが感情的になっていたのは二人にとっても物凄くショックなできごとだったんだろうと勝手に思っていました。 そして、ゼロレクイエム後の世界には二人の居場所はないけれども、お互いの中には居場所があったらいいなぁと思って書いたお話です。 拙い文章で表現しきれない部分が多すぎてもどかしいのですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです^^ 最後まで読んで下さってありがとうございました。 |